思いがけないギター演奏のバイトは尚にとっても楽しいものだった。
高校時代はずっとバンドをしてたくらいで、やっぱり音楽が好きなんだと再認識してしまった。
…残念ながら自分には千尋みたいな才能はなかったけれどそれでも好きに変わりはないのだ。
50’Sで演奏しながらつい視線は遥冬を追いかけてしまう。
客相手でもいつも遥冬は無表情だ。
それでも綺麗な遥冬に客の反応は悪くない。
物腰は柔らかいし丁寧ではあるし、かえってその氷のような表情がうけているらしい。
遥冬が狭い店内をドリンクを持って動くのを無意識で目で追いながら尚は演奏していた。
いや、神経を曲に向けないと、と思ってもどうしたって遥冬を追ってしまう。
…それにどうしても遥冬のイく顔が頭から離れない。
思い出しただけで下半身に熱が集中しそうになってくる。
う~~~~ん…コレって…やっぱ…。
尚がじっと遥冬を目で追っているとその遥冬と視線が交差した。
ふっと遥冬が仄かに口元を緩める。
…これがタマンナイ。
…………と思ってしまうのに頭を抱えたくなってくる。
だってきっと誰も遥冬のそんなほんの少しの表情の変化になんて気付かないんだ。
ここでそれに気付いているのは自分だけ。
そしてそれを遥冬から向けられるのも自分だけだ。
……………………なんか、すっげぇ特別な気がしてきた。
ううん???
そういやここんとこずっと遥冬の事ばっか考えている気がする。
どうしたって一緒にいる時間が長いから…、と言い訳してもどうもなにか違う気がする。
遥冬がうっすらと笑みを浮べていると客に呼ばれ、そして表情はまた人形に戻る。
尚はかっと体温が上昇した。
不埒な思いが湧いた。
アレを滅茶苦茶にしてやりたい…。
いったいどんな風になるのだろうか?
朝のあの官能と快感に歪ませた顔で懇願するのだろうか?
いやいやいやいや……。
尚はやばい!と神経をギターに向けた。
演奏中に何考えてるんだよ、と自分を叱咤する。
そんな感じでやっぱり遥冬の事ばかり考えてしまって妙に尚は疲れてしまった。
遥冬に一日ずっと翻弄されまくりだった。
いや、遥冬は全然何とも思っていないのはその態度から分かっている。尚が勝手に振り回されているのだ。
「はぁ~~~~…」
ステージを終え、客が引けると、どっと疲れて尚は思わず大きく溜息を吐き出していた。
「…疲れたの?」
「……………ああ、疲れた」
客が引けたけど遥冬が片付けを終えるのを尚は客席に座って待つ。
何で疲れたって肉体的にではなくて考えすぎて、だ。
………遥冬の事ばかり考えて。
その当人はいたっていつも通りの無表情だ。
この顔を崩したいなぁ、とまたよからぬ思いが湧いてくるのに、尚は自分を抑えるしかない。
「遥冬くん、お疲れ様。あとはいいよ」
千尋の叔父さんに声をかけられて、お疲れ様でした、と尚は遥冬と一緒に50’Sを出た。
まったく。
遥冬のせいで頭の中が飽和状態になりそうだ。
…きっと溜まってるからだ!
そう!
………朝出してもらったはずだけど…。
だいたい女のほうがいいに決まってる。
こいつは胸だってないのに。
…でもそういや岳斗にキスした事あったな、と尚は自分のした事を思い出した。
あん時は岳斗がただ可愛いな、と思ってただけで、その可愛い岳斗の目が千尋しか見えてないのにイラッときて思わず道の往来で軽くしただけだ。
あのあとしっかり千尋からは報酬を受けたけど。
岳斗は特別だ。
可愛いから。
あの一途な目がいい。
……じゃあ遥冬はなんだ?
笑ったトコは可愛いと思ったじゃないか。
だって自分にだけ表情を向けるから。
尚はかっとして口を押さえた。
特別?
岳斗の特別は千尋だ。
遥冬の特別は…?
いや…。あの電話の主とスーツの男の事を考えればそうじゃないだろう。
尚だってほんの少しだけは親しい、と言っていいだろうとは思うけど。
でもじゃあ朝、遥冬からしてきた事は…?
…あれも遥冬の中では別に特別じゃないのかもしれない。
「…尚?どこ行くの?」
「え!?あ、ああ…」
考え込んでいてすぐ裏の遥冬のマンションを通り過ぎる所だった尚に遥冬がくっと笑いながら声をかけてきたのに慌てて尚が戻る。
うん。やっぱ笑ってる顔がいい、と思ってしまった。
出来るなら自分だけに…。
……ってこれは独占欲じゃないのか?
「う~~~~~ん?????」
「尚?早く」
「あ、わり」
エレベーターの扉が開いてたのに促され、尚は慌てて乗り込んだ。
テーマ : 自作BL小説
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