正直バイトは辛かった。
初めて、だったんだから。
尚には経験あるような事を言ったけど。
そして尚もそう思ったはず。
途中で何人と?なんて聞いてきた位だから。
それでいいんだ。
こんな気持ち表に出してはいけない。
……でも尚の傍は居心地がいいんだ。
自分がまるで普通のようで。
ステージの合間に尚が何回も大丈夫か?と確かめにくるのには少々いたたまれなくなったけれど。
自分は今まで散々人形のようだ。冷たい、なんて言われ慣れてきたのに、尚は一度ふざけて能面だなんていったけど、遥冬を蔑むような事を口にしてはいない。
大学でも遥冬がちょっと尚から離れた時に尚が話しかけられて、自分の事を言われているのを聞いたのも何度かあった。
よくアイツといるな、とか。人形みたいなヤツだよな、とか。
でも尚はそれに対して肯定は決してしなかった。
尚の目には自分はどう映っているのだろう…?
いつだったか目がいい、なんて言われた事があったけれど…。
「遥冬くん、あがっていいよ?」
「え?でもまだ…」
閉店はしてたけれどまだ片付けを全部終わっていない。他のバイトの人にもいいよ、と言われて遥冬は怪訝にした。
「調子あんまりよくないそうだね?尚くんがそう言ってたよ?無理しなくていいから」
……その尚の所為です、とはまさか言えない。
「すみません…ありがとうございます。では、お先させていただきます」
オーナーに言われて遥冬は離れた所にいた尚をちょっと睨んだ。
その尚の顔は笑っている。
「はーるーとーくん、帰ろ?」
ふざけるな、と尚の背中を叩く。
「…いっ…つ!」
「…え?」
そんなに強く叩いてないのに?
尚が痛そうに顔を少し歪めたのに遥冬はどうしたんだろうと尚を見ると尚はにやりとした。
「背中にね~、遥冬サンにつけられた傷痕があるんだな~」
「…っ!」
尚が遥冬の耳元に顔を寄せて小さく囁くと身に覚えがありすぎる事に遥冬はかっとした。
「あ?いいのよ?男の勲章でしょ?」
くくくっと尚が遥冬の肩を抱き寄せながら笑っている。
「今日はやめといた方いいかな…お前結構ツラそうだし…」
え?
遥冬はお疲れ様でした、と挨拶しながら尚と一緒に店を出たが、尚にそんな事を言われてちょっと気持ちが沈む。
やっぱり女じゃないからか…?
でも顔には出ないように気をつけた。
そのままマンションに帰って尚が用意してくれたご飯を食べる。
ネットでレシピを調べて、買い物も尚が行ってきた。だるかった遥冬は結局ずっとバイトに行く時間までだらだらと過ごしたのだった。
その後、シャワーを浴びて寝室に。
尚ももう遥冬と一緒にベッドに入るのが普通であるかのように一緒にリビングから部屋を移動してきた。
「遥冬」
ベッドに入ると名前を呼ばれ、尚の腕が遥冬の身体を引き寄せ、そして尚の手が頬にかかると顔が近づいてきた。
何度も軽く唇を合わせてくるのにぐっと心臓が苦しくなってくる。
こんなのじゃ足りない…。
遥冬は自分から舌を突き出すと尚の舌がすぐそれに絡まり吸い上げられる。
「ん…っふ……」
夢中になってキスを貪った。
好き、なんだ。
思いがけず尚からもキスをくれる位に遥冬の事は抵抗がないらしいのに安心した。
自分からあんなコトをして尚が呆れて離れたっておかしくはなかったのだ。
「っは……ぁ……」
どうしても吐息の混じった声がもれてしまう。
「お前…ヤバイ…」
尚が顔を紅潮させ、溜息を吐きながら遥冬の首元に顔を埋めてきた。
「?」
「………夢中になりそうだ」
小さく呟いた尚の言葉に遥冬はふっと満足な笑みを浮べた。
それでいい。
捕まればいいんだ。
いや、捕まえればいいのか。
「ん、ぁっ!」
遥冬の首に顔を埋めていた尚がきゅっと遥冬の首筋を吸い上げてきたのに遥冬はびくんと身体が揺れ、声が大きく漏れた。
「…だめだって。ああ~~~……我慢しようと…」
「…別に」
「だめ。お前ツラそうだったから…。バイト中気が気じゃねぇんだもんよ。今日はしない」
そういって尚はぎゅっと遥冬を抱きしめてくる。
…遥冬がダルそうなのを気にしてるんだ…?したくないわけじゃないんだ?
遥冬は一人で面映くなってしまう。
尚の意識が自分にだけ向いていればいいのに。
思わずそんな勝手な事を思ってしまうんだ。
一回だけでいい、とも思ったのに、さらに尚の好意が自分に向いていると分かれば欲が出てくる。
尚に欲がない、と言われた事があったけど、今のこの自分の中を知ったら尚はどう思うだろうか?
こんなに欲深になっているのに…。
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