「怜さん…」
音が明羅の頭の中で早く出せ、と鳴っていたけれど、怜さんを感じたくて怜さんの家に帰ってきてすぐ明羅は怜さんにぶら下がるように首に腕を巻きつけ抱きついた。
こんなに毎日聴いているのにやっぱり怜さんの音に飽きる事なんてない。
「明羅」
怜さんの腕が明羅の背中をぎゅうっと抱きしめてくれるのに心が満たされる。
好きだ…。
自分なんか何にも出来ないのに、それでも怜さんが必要としてくれるのが嬉しい。
今日みたいに明羅が付き合うだけで怜さんが喜んでくれるならなんでもしたい。明羅に出来る事なんて本当に少ないんだから。
いつもいつも怜さんに与えてもらっているばかりで、いつも怜さんが大きく明羅を包んでいてくれる。
怜さんの唇が重なって明羅の唇を啄ばんでくる。
キスも好き。
怜さんのキスだけでもう怜さんの熱を感じるようになっている身体は熱くなってきそうだ。
熱はもうずっと下がりそうにない。
怜さんを初めて見た日からずっと二階堂 怜の事ばかり考えていたんだ。
小さな子供の頃から…ずっと…。
こうして目の前で怜さんが傍にいてくれるようになってもそれはなくならない。
それどころか余計に溢れてしまっている。
「れ、い…さん…」
ふっ、とキスの合間に息が漏れる。
「…明羅くん…エロい顔してるよ?」
くすくす笑いながら何度もキスを交わす。
「そ、ゆ事…言わないで」
「え~言いたいです」
怜さんのふざけた言い方に力が抜けそうになり、ついと怜さんの身体を手で押して明羅は腕の中から離れた。
「曲作る!」
「え~…もう?曲も早く聴きたいけど…もちょっとイチャイチャしませんか?」
イチャイチャ、って…。
面と向かってそんな事言われたって明羅が素直にうんなんて言えるはずない。
「………しない」
「明羅くん…つれない……」
しくしくと泣きまねまで繰り出す怜さんに呆れた視線を向けた。
したいなら口に出さないでそのまま明羅を離さなければいいのに!
…そうしたら明羅だって怜さんに身を任せるのに…。
でも怜さんは半分はふざけが入ってるからくすくす笑いながらすぐに明羅を離してしまう。
「曲楽しみにしてる」
そしてこめかみにキス。
「……ん」
「そのままあっち籠もる?」
「うん。頭の中色々鳴ってる」
怜さんが頷いた。
「じゃああと適当に声かけるから」
「うん…」
いつも怜さんの音で明羅の頭の中が音符で溢れてしまうと明羅はPCに没頭してしまう。
ある程度までは怜さんは放っておいてくれるけど、明羅は時間も何もかもを忘れて没頭してしまうのでそれを止めてくれる役目もしてくれるんだ。
「ホントすげぇ集中力だよな…」
「それいったらピアニストの方がすごいでしょ。絶対普通の人には出来ない」
「………明羅だってとてもじゃないけど普通の人じゃないよ?」
「俺は普通」
「ないない!………まぁいいや。はい、いっといで」
怜さんが笑って明羅の背中を押してくれる。
それにいつも甘えているんだ。
いつもいつも…。
「…うん」
でもそれが嬉しい。
怜さんの目がいつも優しく明羅を見てくれるから、…だから出来るんだ。
曲はいつも怜さんの為にだけ。
どんな曲でも、たとえ他の依頼があっても怜さんの音がなければ出来ない事だから。
怜さんは分かってないのかなぁ?
明羅がダメ出しするとか、捨てるとか、そんなの絶対ない事なのに。
それを言ったらなにも出来ない自分のほうが捨てられる確率は高いと思うのに…。
1年も経っているのに日常で明羅が出来る事はほんの些細な事だ。
食事の用意だってなんだって結局やっぱりずっと怜さんばかり。
明羅が出来る事って少なすぎる。
はぁ、と怜さんに分からないように小さく溜息を吐き出した。
明羅のどこがよくて怜さんは一緒にいてくれるんだろう?
自分じゃ分かるはずない。
でも幸せな気持ちも嬉しいも、そして激しい想いも深い愛情も全部明羅に与えてくれくのは怜さんだけなんだ。
あまりにも感情が沸き起こりすぎて辛くなる事もある。
それでもそれを昇華してくれるのも怜さんだけなんだ。
明羅の全ては全部怜さんで埋まってる。
身体も心も全部、全てにおいてだ。
それなのに全然分かってもらっていないのはちょっと悲しい気がする。
「……分かってない」
「うん?何が?」
「なんでもないです」
つんと顎を突き出し、明羅はPCの部屋に入っていった。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学