エントランスでインターホンを鳴らすと遥冬が部屋から尚が入ってこられるようにセキュリティを外してくれる。
そのままエレベーターでもう何度も通っている遥冬の部屋に向かった。
こんな立派なマンションで大学生が一人暮らしってホントありえねぇよな、と来る度に思うが、それも聞いた事もない。
どう見たって賃貸じゃないだろう。
部屋の前のインターホンを鳴らすと遥冬がドアを開けてくれた。
「よう。お邪魔」
「…ああ」
尚が一歩遥冬のモデルルームのような部屋に入った時、遥冬の携帯が着信音を告げた。
それを聞いて遥冬がはぁ、と小さく溜息を漏らしている。
ゆっくりとリビングに戻って遥冬が電話に出る横で、尚は持ってきたギターや荷物を降ろす。
一日二日分の着替えは遥冬の部屋に置かせてもらっているのでそれでも荷物は少ないのだが。
「…もしもし」
遥冬が座って、とリビングのソファを視線で指したのに尚はどかりと座ると電話を聞かれてもいいのか遥冬が隣に座った。
「明日は予定はないけど…え?………僕は行きたくはない。………」
はぁ、とまた大きく遥冬が溜息を吐き出している。
「……分かった。……仕方ない。何を言われそうか分かるか?…………分かった」
チッと珍しく遥冬が舌打ちを漏らして電話を切ると投げつけるように電話を離した。
「…悪い。明日は昼に迎えが来て出かけなくちゃなくなった」
「……いや、そりゃ別にいいけど。……どこに?って聞いてもいいのか?」
「実家。なんか大切な話があるらしい…、教えてもらえなかった。僕は行きたくもないけど」
遥冬の態度に苛立ちが見える。
家族からかかってきた電話ではなさそうで、口調はいつもの電話と一緒だった。
やっぱり今の電話もあのスーツの男か?
長身でいかにも仕事が出来そうな雰囲気の男だった。
「迎えに来るらしいからぎりぎりまでいてもいい…」
遥冬が小さく呟くように言った言葉に尚は思わずふっと笑って遥冬の肩に手を伸ばした。
いてもいい、じゃなくていて欲しいじゃないのか?
それを聞いたらきっと否定するだろうから聞きはしないけど。
「なぁバイトから帰ってきたらエッチしていいか?明日出かけるならキツイか?」
遥冬の耳元に囁くと遥冬はびくっと身体を揺らし、そして別に…、と小さく呟く。
「遥冬…」
名前を呼ぶと仄かに赤みをさした頬で遥冬が尚に顔を向けた。
朱い唇に吸い寄せられるように尚が唇を重ねる。
「遥冬…」
何度も名を呼び唇を啄ばみ、舌を差し入れ、絡め取る。
このまま押し倒したい、と欲情してくるけど、バイトの時間が差し迫っていた。
名残惜しそうに唇を離し、遥冬の唇を指で拭った。
遥冬も物足りなさそうに口を半開きにしているのにくすっと笑ってもう一度軽くキスする。
「帰ってきてからな?」
「べ、別にっ!」
ぐいと遥冬が手で自分の口を拭う。
「……尚…」
「ん?」
尚は立ち上がって忘れ物がないかもう一度ギターのケースを開けて確かめていた。
「…名前…呼びすぎ…だと…思うけど…?」
「うん?遥冬の?」
「…ああ」
まだソファに座っている遥冬をちらっと見ると耳を仄かに赤くしている。
「………遥冬っていう名前お前に合ってていいからな」
「…合ってる?」
「ああ。遥冬って呼ぶの好きだ」
「……っ!」
……驚いた事に遥冬が顔を真っ赤にして耳まで真っ赤になっていた。
「遥冬さ~ん?…くっそ可愛いよ?」
「ふ、ふざけてるッ」
「ふざけてない」
尚はギターから離れ、ソファに座る遥冬の前に立ち、屈んで遥冬の顔を覗き込んだ。
「遥冬」
名前を呼んだら顔を真っ赤にさせたままの遥冬がぎゅうっと目を瞑った。
何コレ?やっべ~位可愛い!
いつもつんとしてる感じなのに。今の遥冬にはどこにもそれが見当たらない。
「遥冬」
「だからっ!呼びすぎだ!って…言ってるッ」
「だって呼びたいんだも~ん。お前…可愛すぎだし」
そしてまた軽くキスする。何回も。
「…バイト行く時間だろ。ふざけるなっ」
「…ふざけてないんだけどなぁ。遥冬って呼びたいし、可愛いなって思うし」
「うるさいっ!」
遥冬はさっとソファから立ち上がるとするりと尚から離れていく。
思わず手を伸ばして捕まえようかとも思ったけれど、本当にバイトに行く時間が迫っていた。
「…残念」
「置いてくぞ」
尚はあっという間に表情を消した遥冬の顔に苦笑を浮かべ、ギターを背負い、遥冬の後ろについて部屋を出た。
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