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冷やされる焔。 2

 「遥冬です」
 「入れ」
 遥冬はそっと襖を開けて中に入った。

 座敷に父親が一人腕を組み、目を閉じて座っていた。遥冬は頭を下げ、座卓に向かって座る。
 「智哉に縁談話が持ち上がっている」
 「………それは、おめでとうございます」
 そんなの遥冬にしたら他人事だ。
 一応智哉は兄だ。母親は違うが、戸籍上は。
 「それはいい。いいが、問題は智哉に子種がなかった事だ」
 「………」

 「幼い頃高熱が下がらなくて危険な状態になった事があった。その時にもしやなくなる可能性もある、と医師から言われていた。実際の所はその所為かどうかは分からん。だが調べた結果がそれだった」
 それはご愁傷様、と遥冬は心の中で皮肉る。
 だがそれと遥冬に何の関係が?
 遥冬は黙ってただじっとして聞いていた。

 「お前にもいずれきちんとした相手を娶らせる。だがその前に智哉の相手を孕ませろ」

 「…は!?」
 「このままでは加々美がなくなってしまう」
 遥冬は手を握り締め、拳を震わせた。
 そりゃあ、この人にしたら一番大事なのは家、家名に尽きるだろう。
 「それでしたら下賤の血が入ってる僕よりもあなた自身が仕込まれた方よろしいのに…」
 「私はもう病気で出来ない」
 …そうだった、のか…?知らなかった。
 「それで仕方なしに、だ」
 …仕方なしに、ね。
 半分この人の血が自分に流れているのが忌々しい。

 「お断りします、と言ったら?」
 「断る?出来るはずなかろう」
 すくっと父親が立ち上がって遥冬に近づくと着ていたタートルの裾をばっと上げた。
 そこには勿論尚に数多くつけられたキスマークが無数にあった。
 「随分盛んなようだ。別にそこは咎めるつもりはない。智哉だって水野に抱かれているだろう?お前も何度も見させられたはず」
 遥冬は表情も変えずに裾を直した。
 「ええ、見させられてましたね。小さい頃からずっと」
 「智哉の相手は水野が一番長いが、水野にかぎったわけじゃない。そうだな?」

 なんでもこの人は知っているのか。
 それで遥冬をもそのままにしていたのか。…ああ、何も興味もないのだからそんなものか。
 「そうですね。二人相手の時もありました」
 「智哉は誰でもいい入れ食い状態だが、お前は違う。お前の相手は井上 尚と言ったか」
 調べられていたのは水野から貰った時点で分かっている事だ。
 「そうですが、別にただセックスを楽しんでいるだけですよ」
 自分を作らなくては…。

 「そうかな?違うだろう。お前は今まで誰もそういう相手は作らなかった。いくらでも誘いはあったのにな。智哉の男がお前に血迷った事もあっただろう?男を漁るという噂に寄ってきた奴らもいたのに全部一蹴してきた。それがここにきてセックスを愉しむだけ?」
 くっくっと笑いを漏らされる。
 どこまでも分かられているのに遥冬は舌打ちをしたい気分だ。
 「井上 尚の父親は建設関係の会社の社長をしているらしい。県内では名が通っているがまだ全国区ではない。…………分かるな?」

 手を回す、という事か。
 遥冬は顔を俯け、歯を食い締めた。こうならないように、と思っていたのに…。
 「今の段階では別に急いでどうというものではない。ただ智哉の件が進んで本決まりになった時には……。分かったな?」
 「…………はい」
 「金は足りているらしいな?もっといるようなら水野に言いなさい」
 「……いえ、十分です」
 失礼します、と遥冬は唇を噛み締めながら頭を下げ、部屋を辞した。

 「お送りいたします。智哉さんにお会いになりますか?」
 部屋を出ると水野が待機しており、そう問われたが遥冬は首を振った。
 一刻も早くここを去りたい。ここは魔物の巣窟だ。
 でも自分だってその中の一員なんだ。

 尚に会いたい…。
 尚の顔をみたら安心出来るだろうか?
 それともこんな家の確執に囚われた遥冬のことなど見捨てるだろうか?
 …いや、その方がいいのは遥冬だって分かっている。自分なんかとは切れた方がいいんだ。
 最初から離れるつもりでいたじゃないか。
 それなのに…。尚が昨日言葉なんかをくれるから。
 態度で欲しいと訴えてくるから。
 これでもかという位の刻印も。
 全部が遥冬を求めているんだ、と分からせた。
 その言葉に応えられればよかったのに。
 応えたかったのに…。
 押し留めたのは自分。
 そしてこうして自分は見えない鎖で繋がれているんだ。
 
 
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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