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冷やされる焔。 3

 「私はここで」
 「ああ、往復何度もすまない」
 「いえ。では失礼致します」
 マンションの前で挨拶し、水野はすぐにまた車に乗って帰って行った。
 遥冬は自分の部屋に戻ってソファに座ると、しばらく呆然としてそして言われた事を頭の中で反芻していた。

 巻き込まないでくれ。
 そう思っても容赦なく無理を突きつけられる。
 尚に帰ったら連絡、と言われていたのを遥冬は思い出し、のろのろと携帯を取り出し、尚にかけると、待ち構えていたのかコール音が鳴ったと思ったらすぐに尚が出る。

 『帰ってきたのか?』
 「ああ。もう部屋にいるよ」
 『そっか。よかった…。…で?どうした?声が沈んでる』
 「……なんでもない」
 『なんでもなくないだろう?』
 声の調子は変わらないはずなのに尚は少しの変化も分かるのか?
 「ああ……なんでもなくない、かも…。…でもいいんだ…」
 何を抵抗しても従わされるんだ。

 それでもこうして尚の声が聞ければ幾分気持ちは浮上していく。
 でももう尚から離れた方がいいのだろうか?
 このままだと自分が尚を離せそうになくなる気がする。
 でも土曜日は尚は50’Sでバイトがあってここに泊まるんだ。
 ずっとではない、と言っていたけど。
 じゃあせめてそのバイトが入っているうちは尚に甘えてもいいのだろうか…。

 『遥冬…行く、か?』
 「別に…」
 会いたい、とは思うけれど…そこまで尚がする必要はない。
 『うん。分かった。行く』
 「は?なんで?だから別にいいって!」
 『……いい。とにかく今から行く。明日の用意もしてから行くから』
 尚がそう言って電話を切ってしまう。
 本当に?わざわざ?
 …確かに一人でいたくないとは思ったけど…。
 
 そして本当に尚がやってきた。
 「わりいな。邪魔だろうけど」
 遥冬は首を振った。
 尚が我を通したようだが本当の所は違う。遥冬の様子がおかしいのをわざわざ確かめに来てくれたんだ。
 そしていいのだろうか、と思いつつ遥冬は尚にしがみついた。
 尚は何も言わないで遥冬の身体を抱きしめて背中を撫でてくれる。
 何があったかなんて尚は知らないはずなのにまるで全部分かって慰めるように。

 こんなだから尚を離せなくなるんだ。
 思わず頼って、甘えてしまっているんだ。
 誰にもこんな気持ちになんてなった事などなかったのに。
 遥冬がこんなだから水野にも父親にも分かられてあんな事まで言われるんだ。
 どこをどうしたらいいのだろうか?
 遥冬にはどうしようもなかった。
 ただ、今はこうしていられるだけでいい…。
 尚は遥冬の気が済むまで何も言わずにずっとそうしてくれていた。

 「飯、持たせられた」
 「あ…ありがとう…。お母さんにお礼言っといて…」
 尚の家がきっと普通なんだ。
 見た目は尚のお姉さんみたいだけど可愛いお母さんに、尚そっくりの弟に…。
 「尚のお父さんってどんな人…?」
 尚が持たせられてきた料理で一緒に相伴にあずかりながら尚に聞いてみた。

 「ああ?ウチの親父?デカイ男、かなぁ。見た目じゃないぞ?あ、いや見た目もでかいか。背俺と同じ位で身体はもっとがっしり系だから」
 「弟も尚と似てるよね。お母さんは似てないけど…尚、お父さんと似てる?」
 「どっちかっていえばな。…似てる…う~ん…俺の目標ではある、かなぁ」
 「目標?」
 「ああ。だって普通さ、ギターぽんって買ってくれねぇと思うんだ。安いものでもないし。俺だって別に買って買ってとせがんだわけじゃねぇのに…。ずっとボロいギター離さないで毎日寝る間も惜しんで練習して、それが何年もだったから…きっとそれ分かってたんだと思うけど。高校で千尋達と会って話合ってバンドしようってすぐに話纏まって。バンド組むんだと意気揚々で話してたらぽんってさ。俺買って貰った日ギターケース抱えて一緒に寝たもんよ?」

 尚のその姿が目に浮かびそうで遥冬はくすりと笑った。
 「尚がそういう子だからでしょ」
 「子って…」
 がくりと肩を落とす尚にまた笑ってしまう。

 「黙って頑張ってるとこ評価されるって嬉しいもんだ。見てるんだな、分かってるんだな、って。だからそういう男になりたいなぁ、と俺も思うわけです」
 照れくさそうにする尚が可愛い。
 「ああ、そうだ。また家来いよ。この間親父お前と会えなかったの残念らしい。母親もまた連れて来てってうっせぇし」
 「ん…そのうち…」
 そんな機会あるだろうか…?
 きっとないほうが尚の家にとってはいいんだ。
 幸せな尚の家族を壊しちゃいけないから…。
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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