水野の運転の車の後部座席に乗せられ、ホテルに連れて行かれた。
「…明日は仕事はないのですか?」
「何言ってるんだ?お前だって僕が飾り物だと知っているくせに」
兄の返答に遥冬は顔を背けた。
「社長なんて表向き。分かっているだろう?」
ふんっと吐きだされて遥冬は車の窓から外を見て小さく嘆息を漏らす。
そして無言のままホテルに着き、部屋に連れて行かれる。
部屋に用意されてあったワインを水野が注ぎ、智哉に手渡すと智哉はそれを一気に煽った。
「お前は…まだ未成年か」
「…一応」
「相変わらず人形のようだな」
智哉はスーツの上着を脱ぎ、水野に手渡し、水野はそれをハンガーにかけていく。
遥冬はベッド脇の一人掛け用のソファに座った。
「この間、話は聞いたんだろう?」
くっくっと笑いながら智哉が口を開いた。
「………聞きました。本当…に…?」
「嘘ついてどうする?」
「……そうですね」
兄の皮肉る声に遥冬も頷いた。
「面白すぎだと思わないか?子種がないなんて!僕はそんなものどうでもいいけれど。あの父には大問題だろう。あ、見合いの話は進んで、このまま何もなければ婚約だそうだ。安心しろ?僕は女なんぞ抱く気もないから。お前が勝手に孕ませるなりしろ。ああ、夏休みは帰ってきて仕込め、だそうけど?」
「………」
「相手の事なら心配するな。同じく向こうの親も金の亡者だから。…水野」
くっくっと智哉が笑いながら水野を呼び、くいと顎を上げると水野が智哉のネクタイを外し始めた。
夏休み…。
もう尚とは終わりか…。
ついに期限が明確になってしまった。
水野が智哉のYシャツのボタンにも手をかけていくのに遥冬は眉を顰めた。
「…ご用件がそれだけなら帰ります」
「なんだ?見ていかないのか?散々見せてきたんだから今更だろう?」
遥冬よりも6歳上の兄の痴態は遥冬が10歳の頃から見せられていた。
「ああ、お前も誰かに抱かれたんだろう?だとしたら疼くよなぁ?」
智哉が水野にキスを繰り返し、水野は黙ってそれを受けている。
「よくお前みたいな人形を抱くヤツがいたもんだな?……疼いても水野は貸さないぞ?水野は僕のものだ」
「いりません」
遥冬が欲しいのは尚だけだ。
「近々水野は僕付きの秘書になるから」
「そうですか」
別に遥冬には関係のない事だ。
しかし遥冬の知らない間に家では色々と動いているらしい。それにしたって全部遥冬は無関心だ。関係ないといっていいのにそれが深く遥冬にまで関わってくるのだ。
衣類を次々と脱ぎ、ベッドの上で自ら水野に跨ろうとする智哉の姿を見ないようにして遥冬は立ち上がり無言で部屋を出て行った。
あの人も加々美の家の被害者なのだろう、と今では思う。
幼い遠い記憶に成績表を持って父親と母親に見せようとしている智哉の姿を思い出した。智哉が小学校の高学年位だろうか?
それを親に追い払われ、廊下で震えながら立っているのを物陰から見た記憶がある。
正式な実の息子にあれではよその女に出来た自分などあれ以下だろうと妙に達観したのだった。
ある意味、遥冬よりも兄の方が不憫なのかもしれない。
遥冬は望まれて生まれたわけじゃないのがわかっている。智哉は望まれて生まれたはずだ。
だがそれは智哉として愛されるのではなくて、加々美の跡取りという名目でしかないのだから。
個人の事になど義母も父も興味などないのだから。
大事なのは家名に世間の目。付き合い。
艶聞が外に漏れなければ何をしても無法地帯。
いや、地元では父の目があって滅多やたらな事など周囲も言えないはず。父のご機嫌をそこねたらあっという間に仕事は干され、田舎の狭い地域で生活など出来なくなってしまう。
保守的な地は父の天下だ。
まるで一国一城の主。
…まるで、じゃないか。そのままだ。
ホテルを後にしてようやく遥冬はほっと安堵の溜息を吐き出した。
時間を見るとバイトが終わるよりもずっと早い時間だ。
尚の声が聞きたい。
夏休みまで、という限定が出来たのならばそこまで尚に甘えさせてもらおう。
……いいだろうか…。
自分の勝手な事情で尚を振り回すことになるけど…。
ごめん、と思いつつ駅に向かいながら携帯を手に尚に電話をかけていた。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学