『もしもし?どうした?具合でもわりぃのか?』
バイトしている時間だと知っている尚は心配そうな声ですぐに電話に出た。
「…違う。なんでもないんだけど…」
電話で話しながら歩く遥冬の横を救急車がサイレンを鳴らしながら走っていった。
『なんだ?今どこいるんだよ?』
周囲の雑然とした空気が伝わったのか尚が怪訝な声を出した。
「今駅に向かって歩いている所だ。……バイト先に兄が来て、バイト早退させてもらったんだ。兄が泊まるホテルに連れて来られてちょっと話して…その帰り」
『もしかしてウチの駅の方近いか?今から来るか?明日土曜だし』
「………いい?」
時間が少ないから少しでも一緒にいたいのと、兄に会ったばかりで一人になりたくないのとがあって思わず聞いていた。
『いいよ。降りる駅分かるな?じゃ今から迎え行ってやるから』
「ん……」
尚は遥冬が一人になりたくないと思っているのに尚は気付いてるのだろうか?…いや、遥冬もだからこそ電話をわざわざ尚にかけたのだ。
そして尚はこうして遥冬のいいようにしてくれる。
それは誰でもいいんじゃなくて、尚限定だ。尚じゃなかったら一人でいた方がいいに決まっている。
……こんなに尚に頼り切っている…。
遥冬は頭を振った。
夏休み入るまで、だ。
今頃ホテルのベッドでは水野に智哉は抱かれているだろう。
小さい頃から見せられていた兄の痴態を思い出し、そして自分と尚に置き換えてしまうと身体が疼いた。
遥冬の記憶の中に細部に渡って兄の姿が残っている。
それを自分の中で自分と尚に置き換えてしまっていた。
尚の家の方に向かう電車に乗り、手すりに掴まりながら口を押さえる。
なんでこんな事考えているんだ、と思っても、次々と思い出され、そして自分の姿に摩り替わっていくのに頭の中を止める事が出来ない。
尚が欲しいんだ。
でもさすがに尚の家族もいるしダメだろう。
しまった…尚の家に行くんじゃなくて来てもらえばよかったのか?
いや!
遥冬は頭を振った。
してもらえるのが当然のようにしてるけど、そうじゃないだろ。
考えるのをやめよう、と遥冬は顔を電車の外に向けた。
「遥冬」
駅にすでに尚が迎えに来てくれていた。
「後ろのれ」
自転車で来てて遥冬は後ろに跨り、尚の肩に手をかけて立ってみる。
「ちゃんとつかまっとけよ?」
「うん」
二人乗りって初めてだ!
小学校も中学も仲いいヤツなんていなかったからそんな事した事もなかった。
「尚!気持ちいい!」
「ああ。お前はそうだろうよ。俺は大変だっつうの!」
夜に自転車で二人乗り!
おかしくて笑ってしまう。
「尚!遅い!」
ちょっと上り坂になって尚のスピードが落ちる。
「いくら細っこくてもさすがにお前乗せては、つら、いっ」
くすくすと笑いながら遥冬は尚の首に抱きついた。
夜で街灯の下、人影はない。
「尚…」
ありがとう、好き、欲しい、ダメだ、と色々な思いが混じる。
「遥冬さぁん!耳元で声出すのはやめましょう~~~。あぶねぇ!」
「…どうして?」
「当たり前でしょ!お前の声聞いたら腰砕けになる」
「……尚」
もう一度尚の耳元で名前を呼び、そして耳をかぷっと食むと尚がびくんとして自転車がぐらりと揺れた。
「う、わっ!ヤメロって!マジあぶねぇ~!ウチいったらしていいから!いくらでも」
「……じゃ、我慢する」
尚の自転車のスピードが上がったのに遥冬はうっすらと笑みを浮べた。
尚の家に着くと尚のお母さんが簡単だけど、と言ってご飯を作って待っていてくれたのに申し訳なくなってしまう。
「すみません。時間も遅いのに…」
「遠慮しないでいいのよ。いっつも尚がお邪魔ばかりしてるんだから」
ニコニコ顔の尚のお母さんはやっぱり若くて可愛い。
なんとなく身の置き所に困ると思っている遥冬の隣で尚がにやにやしている。
「…何?」
「いいえ~?なんでもねぇよ?ほら、早く食っちゃえ」
「…いただきます」
尚の家は温かい。
優しい尚の家の雰囲気に遥冬は面映くなりながら食を進めた。
今だけですから、と言い訳を心の中でしながら。
自分なんかに引っかかってすみません、と。
好き、とも尚は言ってくれたけど、やっぱり尚をこの家から取ってはいけないと思う。
尚のお父さんは今日もいないみたいで会ってないけれど、尚の話からお父さんの想像もつく。
もし自分が女だったとしても自分みたいなのが尚と…なんてやっぱりダメだ。
でも夏休み入るまでは尚を貸して下さい。
遥冬は尚の母親の用意してくれたご飯を口に運びながら心の中で頭を下げていた。
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