「7月までかぁ…」
学校で尚はぼやいた。
「どうすっかなぁ…」
「何?どうしたんだ?」
遥冬はまだ来ていない。
「ん~?ああ、今のバイトが~…まぁ元々臨時でって言われてたんだけど」
ギターの人が戻ってくるらしいのに尚はがっくりする。
土曜日だけという都合のいいバイトで、そのまま遥冬の部屋に泊まれるのがなくなるのはイタイ。
バイトが、というよりそこの方が問題だった。
でもそれを言ったら遥冬も夏休みは実家に戻ると言っていたのでまぁいいか、とも思うけど。
頑なにGWは帰らないと言っていたのに、夏休みは帰るって…、と少し不審には思ってしまうが、実家に帰るのに問題が何かあるのか?と聞くのもおかしい事だ。
あの一度実家に戻ってからどうも遥冬の様子がおかしい。
一度聞いたがきっぱりと跳ねつけられた。
…なんでも言ってくれればいいのに…と思っても遥冬は首を振るだけで口を開きはしないんだ。
それに苛立つ。
遥冬の知り合いもいないし、誰にも聞きようもないのだ。
元々遥冬から誘い、乗っかってきただけあってセックスを断られる事もなかったけどここ最近は遥冬からよく誘ってくるようになっていた。
ウチに泊まりに来て、と。
勿論尚に断る理由などなくてほいほいとついていく。
急(せ)いているような遥冬には考えさせられる。
8月は実家から帰ってこないようなことを言ってたからその所為か、とも思ったが…。
「おはよ」
「…っす」
姿を見せた遥冬はエロい姿なんて想像も出来ない位に綺麗だ。
こんな遥冬が腰を揺らしながらねだってくるなんて誰も想像つかないだろう。
う~~~~ん…思い出すとやばいな、と尚は苦笑する。
「尚、夏休み前の試験の期間バイトも休んだんだ。…その間ウチで勉強する?」
遥冬が尚にだけ聞こえるように小声で囁いた。
「……ああ」
勿論頷くでしょう。
すると遥冬がほんの少しだけ、尚だけが分かる位に口角を上げ、儚げな笑みを浮べた。
……やっぱり聞き出さないとだめだ。
話してくれるまで待つ気でいたが、どうも実家に帰るのが好きで帰るのとは違うだろう。
今までの遥冬が言われてきた、という事を考え、そしてGWには帰らない、と顔を顰めていたのを思い出す。
ただ、果たして遥冬が話してくれるかが問題だけど。
シャットアウトされる気もするが…。
「……何?」
「いや」
じっと遥冬に見入っていたらしい。
尚は頭を小さく横に振った。
駅で乗る電車は反対方向なので遥冬と別れ、自宅に帰る。
バイトは今週の土曜まで。
そこから来週は試験でそのまま遥冬の部屋。
そして明けて8月からは遥冬が実家に帰っていなくなるのか…。
会えないのは辛いな…。
遥冬はそう思わないのだろうか?
そういえばそんな事は一言も漏らさない。
自分と会えなくても別にいいとでも思っているのか…?
いや、それはないはず。
そうじゃなかったらセックスを誘っても来ないだろう。
泊まりに誘いもしないはすだ。
じゃあ何故?
…やっぱり、本当はあまり乗り気でないはずの実家に長期間帰る、という事がひっかかる。
…来週聞き出してやろう、と意気込んで電車を降りると尚は固まった。
改札口を抜け、自宅の方に向かおうとしたいつもの道に見た事のある人が立っていた。
「お待ちしておりました」
そう言ってスーツの男が頭を下げる。
自分?
そうだろうと思いつつ、きょろりと周囲を見渡すと、他の人は気にもせず足早に通り過ぎていく。
わざわざ向こうから尚に接触…。
「…なんか用?」
「ええ。勿論です。遥冬さんの事で」
まぁ、それ以外ありえないけど。
「どっか店入ろうか?」
「そうですね。その方がよいかと思います」
ガタイのいい男だ。
30代前半位か?
いつも遥冬に電話を入れてよこす男のはずだ。
「…車じゃねぇの?」
「駐車場に入れてあります」
こいつは尚の帰ってくる時間も先刻承知らしい。
この立派なスーツを着た男にファミレスなんぞ似あわねぇなと思いつつも尚は男と一緒に連れ立ってファミレスに入った。
ランチの時間もすでに終わり、夕食までもまだ時間があるので中はすいていて丁度よかった。
コーヒーを二つ注文。
それが運ばれてくれば何か話がされるのだろうか?
落ち着かない気分だが、この男の前でそれを出したくはなく、見栄を張りやせ我慢をして男が口を開くのを尚は黙って待った。
テーマ : 自作BL小説
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