「遥冬さんとお兄さんの智哉さんは6歳年が離れております。それとお父様である議員と智哉さんのお母様がいらっしゃいます」
「……遥冬の母親は?」
水野は首を振った。
「事故で亡くなっております。遥冬さんのお母様は元々ご実家の使用人で加々美から慰謝料を吸いあげ、生まれたばかりの遥冬さんを置いていったのです。その後すぐに事故で…」
…本当にまったくもって遥冬の置かれた状況ってのが恵まれてない。そりゃあんなんなっても仕方ないだろう。
「お父様である議員は自分の地位の確立、資金繰りに忙しく、奥様も外交と自分の欲望に忙しい方。遥冬さんは小さい頃から表情があまり変わらず笑う事もなかったので、奥様なんかは特に毛嫌っておりました」
そりゃ旦那が他の女に産ませた子なら余計にそうだろう。
「でも自分の息子は?遥冬の兄貴は自分の息子なんだろ?」
「そうですが…表向きは可愛がっているように見えたかもしれません。しかし、根本的に母親というのとは違っていると思います。ご自分の息子、智哉さんの事は大事になさっているように見えますが、それは智哉さんではなく、加々美の跡取りとして、です」
どうやら不幸は遥冬だけではないらしい。
遥冬は分かってるんだ。自分をコマと言った遥冬は兄もだ、と言っていた。
「加々美の家は旧家で何代にも渡る地元の郷士です。大事にされるのは家名と血筋なんです」
「はぁ?時代錯誤だな?現代の考えじゃないだろ」
「そうです。でも田舎でも未だそのようなものですよ」
「へぇ…」
遥冬はそんなものに囚われているんだ。
「この間私が遥冬さんを迎えに来たのも…」
核心に入ってきた。今の問題はそこだ。
「それだ。実家に行きたくないと言っていた遥冬が夏休みには実家に帰る、と。何故だ?」
「智哉さんに縁談の話が来ました」
……それは遥冬には関係ないだろう。
尚は怪訝そうに水野を見た。
「智哉さんは小さな頃に高熱が何日も続いた事がありまして、その時に医師から子種がなくなるかも、と告げられておりました。縁談の話で思い出されたのかそれをお調べになり…無精子症と診断されました。高熱のせいでというのには定かではありませんが」
…だからそれが…?
尚は水野を睨むように見た。悪いのは水野ではないのだが…。
「そこで遥冬さんを呼びつけになり、智哉さんの奥様になられる方を孕ませろ、と…」
「はぁっ!?」
がたん、と尚は思わず立ち上がった。
「遥冬に!?……ああ、わりぃ」
思わず動揺して大きな声をたててしまったのに謝りながら尚は息を吐き出しながら座りなおし、頭をがりがりとかいた。
「……ありえねぇぞ?」
「あるんです…。それが当然と思ってるのが遥冬さんの父親です。そして遥冬さんはそれに従おうとしております」
「なんで!?」
「……あなたの事はお調べして加々美にも伝えてあります」
「ああん?関係も知ってるって事か?」
…まぁ、この水野って人は知っているんだろうとは思ったけど。何しろ遥冬の事をどう考えているか、なんて普通ただの友達には聞きゃしないだろうから。
「おそらく遥冬さんはあなたに迷惑がかかる、と思っているはずです。……遥冬さんのお母様…ろくでもない女だったらしいのですが。なにしろ生まれたばかりの子をいらないとつきつけてきて慰謝料まで取っていったのですから。……あ、いや失礼。そしてその事故についても…噂があって…」
…事故に…?
犯罪が、って事か…?
「実際には遥冬さんは生まれたばかりで詳しい事を知っているわけでもありません。私もそうですが…真実は分かりません。でも加々美が自分の目的の為には手段は選ばないという事は分かっております。そして田舎の噂話というものは嘘か誠か分からない物が多い。勝手に噂が真実のようにされることがあります」
「…くそめんどくせぇな…」
「遥冬さんのお母様の事も実際の所真実は分かりません。あくまで事故として扱われている物件です。でも遥冬さんは…」
…父親に殺された、と思ってるわけか。
「加々美なのか、奥様なのかという所も本当の事も何もわかりませんが…」
なるほど、それで尚には何も告げず自分が指図を受け入れるというのか。
「……面白くねぇな…」
尚はむっと口をへの字に結んだ。
「あなたの事を考えて遥冬さんはそうしようとしているのでしょう」
「余計な事だ」
「遥冬さんはそれが一番いいと思ってらっしゃるのかと…」
「……アンタ、随分遥冬に肩入れしているようだけど?」
「………そうですね」
水野が頷いた。
「智哉さんはもう加々美に囚われているといっていい。でも遥冬さんはまだ…ですからそこからあなたは遥冬さんを救いだすつもりがあるのかと聞いたんです」
「救うかどうか、じゃないな…。俺が遥冬を離さなければいいんだ」
尚の言葉に水野がうっすらと笑みを浮べた。
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