しかしこの男を信用していいのか、と今更ながら尚は怪訝に思ってしまう。
遥冬とは何でもないらしいが、それなのに何故わざわざ尚の所まできてこんな事を?
遥冬の為でなかったら出来ない事だ。
それに言っている事が本当かどうかなんて分かりもしない。
「……これは、遥冬さんも智哉さんも知らないと思いますが…」
怪訝に見た尚に水野が苦笑を漏らした。
「自分も加々美の落とし胤です。ただ、自分は加々美には認められておりませんが」
「!」
「これを知っているのは本当におりません。私の母親は必死でそれを隠しましたから」
「………なぜ、そんな事を俺に?」
「私も加々美に囚われているのでしょう。………まだ完全に囚われていない遥冬さんをお願い致します」
こんななんの権力もないただの大学生の尚に水野がそっと頭を下げた。
そして水野は伝票を持って立ち上がるともう一度小さく頭を下げて店を出て行った。
尚ははぁ、と大きく息を吐き出して頭を抱えた。
「……どうしろってんだよ……」
しばらくの間そのまま尚は頭を抱えたままだった。
家に帰ってそのまま自分の部屋に行きベッドに横になって考え込む。
遥冬は何を思って何も言わないのだろうか。
尚に言っても仕方ないから?
……それはそうだ、とは思うが…。
がしがしと頭をかく。
水臭い、とも思う。言った言わないでどうすることも出来ないが、遥冬の心をいくらかでも軽くしてやりたいと思うのは当然なのに。
聞いたからといって何も変わりはしない。
でもこんな事位で揺らぐなら好きだなんて言わない。
「……分かってねぇよな…」
しかし今の遥冬の状況で、遥冬の儚げな表情は夏休みの実家の件でだろう。
「ありえねぇよな…」
尚なんて家名なんて考えた事もない。いや、今の時代なら普通そんな事考えやしないはずだ。
でも遥冬の家では未だ時代錯誤な確執に囚われているんだ。
尚はじっと自分の手を広げて見入った。
何も助けにもならない役立たない手だ。でも遥冬を掴んでおく事位は出来るだろうか…?
「8月は一度もこっち来ないのか?」
「……来ない」
50’でのバイトは終了。遥冬も試験と夏休み、実家に帰るからとバイトなしで学校を終えるとそのまま尚も遥冬の部屋へ。
水野という男と会った事を遥冬には告げなかった。
ちゃんと遥冬の口から聞きたかった。
だが遥冬は口を開かない。今みたいにそれとなくけしかけても以前みたいにスパン!とシャットアウトではないが、これ以上聞くな、という空気を纏う。
「そんな事より…尚…」
そして遥冬からキスをねだられれば応えてやらないと…。
なんでも遥冬のいいように甘えさせてやりたい。
「遥冬…」
遥冬は時間を惜しむように尚を求めた。
こんなに自分を必要としているかのようなのに遥冬は肝心な事を言わないのだ。
「な、お…」
遥冬が切なげに尚を呼ぶ。
「…遥冬…俺は頼りねぇか…?いや、まぁ…当然っつえば当然だけど…」
「何が…?」
遥冬の唇を啄ばみながら尚が囁いた。
「何でも…前にも言っただろ?お前の望みを叶えてやるって?」
「……でも……」
リビングのソファで並んで座っていた遥冬の身体を抱き寄せると遥冬も身体を委ねてくる。
「お前は分かっちゃねぇよな…」
「何を?尚だってどんなに僕がどう思ってるかなんて分からないだろ!?」
「わかんねぇよ?遥冬はなんも言ってくんねぇし。……でも言わなくたって分かる事だってある」
「……分かる…?じゃ今なんて思ってるか分かる?」
「欲しいんだろ。俺でいいならいくらでもお前にあげるって言ってんだろ」
「んっ!尚…」
いつも話しをしようとしてもそれを遮るように遥冬はセックスを求めた。
自分から衣類を剥ぎ、そして尚の膝の上に跨ってくる。
尚の屹立を掴み、自分の後ろに宛がうと自ら腰を沈めてくる。
「尚は…こんな…の…イヤ?」
「全然。若いですから、いくらでもいつでもオッケーですけど?」
遥冬は腰を揺らめかせ、顔を快感に歪めている。それがまた壮絶にエロい。
初めてのはずなのに、何もかにも世間一般色々全然知らねぇくせに遥冬はセックスには意欲的で煽ることも求める事も誘うことも一人前だ。
「お前…どこでこんな誘うのなんか覚えたんだよ?」
「んんっ…兄さん…が…してる、の…見てた…」
尚が遥冬の腰を掴みながら突き上げると遥冬が答えたが、その答えにぎょっとした。
「見てた~?」
「そ…ずっと…」
…一体どうなってんだ?こいつん家は!?
テーマ : 自作BL小説
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