そのまま遥冬は一晩中と言っていい位尚を離さなくて、気を失うように眠った遥冬の顔を髪を尚は撫でた。
「遥冬…頼りにはならねぇだろうけど…言えよな…」
そしてくったりとした情に溺れた結果の赤黒い痕が多数残る白い雪花石膏(アラバスター)のような肌の身体を抱きしめた。
遥冬の眦に涙が浮かんでいた。
それを指で掬う。
ぐだぐだに甘やかしてやりたい。
なんでもいいようにしてやりたい。
…遥冬が望むなら。
やるせない思いのまま遥冬の身体を抱きしめ尚も目を閉じた。
そして翌日昼過ぎ、迎えに来た水野の車に乗って遥冬は実家に帰った。
その時には遥冬は尚の顔を見る事はしなかった。
マンションの玄関を出る前までは何度も何度もキスを繰り返して尚にもっともっととねだっていたのに、一歩外に出た途端にそこにはもう尚の存在はないように、遥冬は尚の顔を一度も見なかったのだ。
……それが遥冬の決意か。
車の前で水野が立っていたのに尚は水野と視線を合わせた。
その水野の視線が本当にいいのか?と問うている。
遥冬がこの状態ならば仕方ない、と尚は肩を竦めた。
尚の存在を無視するような形にしている遥冬に尚も声もかけないまま、そして遥冬を乗せた車は走り去っていった。
尚はすぐに携帯と財布に入れておいた水野の名刺を取り出して電話をかけた。
『もしもし』
「…運転中にすみません。井上です」
『はい。この番号ですね。了解しました』
「遥冬を…お願いします」
こんな事を水野に向かって尚が言うのはおかしい。分かっている。でも言わずにいられなかった。
『善処致しますが、私にはどうする事も出来ないと思います。そうなる前に…』
「分かっているつもりだ…。迎えに行く。必ず」
『………分かりました』
そしてそのまま電話を切ると、くそっ!と尚は近くの自販機の横にあったゴミ箱を蹴り上げた。
…物に当たっても仕方ない。だがやるせない。もどかしい。不甲斐ない。
尚の中で色々な感情が渦巻く。
尚を決して見なかった遥冬に自分に架した厳しい思いが見えた。
あんなに尚を離さなかったのに。
ぐっと拳が震える位尚は手を握り締めた。
そして息を大きく吐き出して自分を落ち着かせると携帯を手に取った。
「もしもし親父?今どこにいる?家?……頼みがあんだけど…じゃあ今から帰る。ああ…じゃ」
尚は駅に向かい、自宅へと向かった。
父親の書斎部屋で尚は向かい合わせに座った。
「なんだ?わざわざ電話をかけてきてまで確かめて頼みって?」
今まで頼み、なんて言った事などなかった。自分でどうにかしてきた。
だが、これはどうしたって自分ではどうしようもない事だ。
「前に加々美が収賄、贈賄で…って話してただろう?その情報を詳しく知りたい。…親父があんな事を言う位ならもう切羽詰ってるって事だろ?」
「…………」
父親が尚を計るようにじっと見ていた。
「……どうして?遥冬くんと言ったか?父親が捕まったとしてもその子まで捕まるわけじゃない、と言ったはず」
「…そこまで待ってられねぇんだ」
尚は顔を歪めた。
「…今日、実家に帰ったんだけど…。普通の帰省と違うから…」
「普通と違う?」
「そう。……でも理由は言えねぇ」
本当の理由は水野から聞いてなければ尚だって知らない事だ。
まさか胤つけなんて言えるはずない。
しかも兄貴の嫁になる相手に、なんて。
遥冬が望んでるならまだしもそうじゃないのに。
尚は苛立って頭を抱えながらがりがりとかく。
「………警察の上部に知り合いがいる。聞いてやってもいい。だが尚はどうしてそこまで彼を気にしている?」
「どうして?」
尚は顔を上げ父親を見た。
まっすぐ視線がぶつかった。
そして今までの苛立ちをなくし、すっと姿勢を正して座り直す。
ごまかす気などない。
覚悟を決めたと遥冬にも言った。
軽々しい気持ちなどではない。
そしてまた父親は尚が誤魔化しなんか口にしたならばきっとそれで後は知らぬ振りをされてしまうだろう。
それ位の決意がなければならない。
問題がでかすぎる。
「……好きだから」
恥ずかしいなんて思わない。男だからとかという問題でもない。
遥冬だから、だ。
尚の答えに父親大きく息を吐き出して目を閉じた。
……だめか?
そりゃ普通は何を言っている!?と思われるのはずだ。しかもそれが親ならば余計にそう思うだろう。
父親は少しの間頭を抱えていた。
尚はじっと父親から目線を離さなかった。遥冬が大事だという想いに後ろめたい所なんて一つもない。
その尚と視線を合わせ、そしてもう一度小さく溜息を吐くと父親が自分の携帯を手にした。
「もしもし、井上です。…お世話様です……ええ、また是非」
電話をかける父親をじっと尚は見つめた。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学