「加々美の噂を聞きましてね…」
電話を片手に話す父親をじっと凝視しながら尚はこくりと唾を飲み込んだ。
「ええ。この間の…そう。分かってますよ?あくまで噂ですから」
父親も尚の顔をじっと見つめていた。
「長男に?縁談?」
尚はそれは本当だと父親を見ながらこくりと頷く。
「いえ、ウチの息子が加々美の次男と大学が一緒で仲良くしていまして…ええ………」
父親が眉間に皺を寄せた。
「その時は知らせをいただいても?次男が心配らしいそうで…ええ。お願い致します」
電話を切った父親に尚は視線を投げかけた。
「…………近々らしい。これは特捜の管轄だが、今のヤツは特捜にも顔が利くから間違いない」
「近々…」
近々といっても遥冬の事とどちらが早いのか。
苛立って尚は手の親指を思わず噛む。
そしてもう一度携帯を出して水野にかけた。
運転中だろうに水野はすぐに電話に出た。
「運転中に何度もすみません」
『いえ、今ちょうどパーキングですから』
「…議員の……知っていますか?」
抽象的な言い方でこんな言い方で分かるだろうか?と思いつつも尚は口に出した。
『…………お聞きになりましたか?ええ。私は知ってます。本人は気付いておりませんが』
「……アンタは大丈夫なのか…?」
『私は問題ありません』
きっぱりと水野が言い切った。
「…分かった。…遥冬を…頼む……」
『………早い方がよいかと思いますが』
「分かっている。俺は今すぐでもいいんだが…。遥冬が納得しないとダメだろう」
『………そうですね。意固地ですから』
くっと尚が笑った。
「ああ…そうだな…。でもなんで遥冬が一言も何も言わずに受け入れているのかが分からない」
そう、何故遥冬は全てを受け入れているのか…?尚には一言もなにも漏らさず。理不尽な事をすべて遥冬は受け入れ、そして言われるがままにしようとしているんだ。
『……そうですね。そこは聞き出してみましょう。…具体的に何か言われたのか…』
「じゃ、お願いします」
水野は期限が迫っているのを知っているんだ。
本当は尚だって今すぐに遥冬を連れて帰ってきたい所だ。
だが今尚が迎えに行ってもきっと遥冬は尚を撥ねつけ、そして家に残るはずだ。それは出がけの完全に尚を無視していた遥冬の頑なな態度でも分かる事。
何が遥冬をあそこまでさせているのか…。
自分はコマだと言った遥冬だが、だからといってしたくもない事を簡単に受け入れるはずはないだろう。
どこか諦めた感じの見える態度だった。
そして尚を求めたのもどこか終わりを感じさせるような態度だった。
………終わらせようとしているのか?
勝手に終わらせるものか。
それとも遥冬の中ではもう終わっている事なのか?
………いや、違うはず。
終わっていないからこそ完全無視という形を取ったんだ。
終わっていたらきっと無表情の顔で冷淡に尚に平然と顔あお向けたはずだ。
それが出来ないから、きっと無視という形を取ったんだ。
希望的観測な気もしないでもないが、間違ってもいないはず。
今は色々と待つしかない。
「………親父、もしもん時車貸して?」
父親は黙って車のキーを尚に渡してくれた。
「私は普段は社用車だからいつ使っても問題ない。キーは持ってていい」
「……サンキュ」
尚が破顔をするとその顔を見てはぁ、と父親が大きく溜息を吐き出した。
「………孫はなしか…」
「あ…」
今さっきカミングアウトしてたことはすっかり忘れてた。
「ええと…スンマセン……」
「……お母さんには言うなよ?」
「…言わねぇよ……でも、親父……ありがとうございます」
尚は頭を下げた。
「あと、情報もよろしくです」
「……ちゃっかりだな」
「悔しいけど……。俺にはツテも力もなんもねぇから…」
尚がぎりと歯を噛み締めると父親が尚の頭を撫で、そしてデコを叩かれた。
「利用してやる、位でいいだろう。大事なものを守る為だったら。私だって家族を守る為ならなりふり構わずなんでもするだろう」
「……うん、サンキュ。かなり頼ってる」
「それが父親の役目だ」
小さい頃から父親の事は大好きだった。
一時期会社が危なくなった時もあったらしいのに全然そんな所は見せないで遊びに連れて行ってくれたり、自転車の乗り方教えてくれたりしてた。いつも後ろで見守られているようにデカい存在だった。
身長は変わらない位尚も育ったが、どうしたってまだままだ敵いそうにない。
今のカミングアウト一つでも絶対普通の親だったらありえない対応だ。
なのに父親は尚を否定しないで受け入れてくれる。
「………ありがとう」
「礼を言うのはまだ早いだろう?」
今度はデコピンされた。
「ああ…」
遥冬を助け出さなければならないんだ。
尚はこくりと頷いた。
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