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2012.09.13(木)
…身体が重い。
そう思いながら休み時間に宗のクラスに向かった。
教室のドアから中を覗くと明羅の姿に宗のクラスにざわめきが走った。
「?」
なんだろう?来ちゃいけなかったのか?
「宗」
宗の姿を見つけて呼べば宗がゆっくりと明羅の方に向かってきた。そのまま廊下に出る。
「なに?あれ?俺来ちゃいけなかったのか?」
「いや。そうじゃない」
宗が苦笑してた。
「色々憶測が舞ってるんだ」
「憶測?」
「そ。この間兄貴の車に寄って話してたの見てた奴いて。俺と桐生の彼氏が桐生巡って取り合いしてるとか」
「………」
明羅ははぁ、と嘆息して宗を見た。
「暇だね」
「そりゃ、クールビューティな桐生の相手がどんなか興味津々なんだろ。ところで何?珍しい」
「これ」
明羅がポケットからチケットを取り出した。
宗がチケットとパンフレットを見る。
「かっこいいでしょ?」
「……ばか?」
むっと明羅が口を引き結んだ。
パンフレットには燕尾服の怜がいた。
「昨日お父さんにも届けた」
「ふぅん」
「……いいけど、席並んでるんだよね…微妙…」
「それは…」
宗も指定席の番号を眺めた。
「ま、始まっちゃえば関係ないからいっか。………何?」
宗が明羅の髪に手をかけると後ろの教室からキャー、とうぉ、と声が響いてくる。
「ゴミ」
「……わざとでしょ?」
宗が口を押さえて笑っていた。
「じゃ。それだけだから」
「おう」
なんかやっぱり返事の仕方とか怜さんに似てて思わず顔が弛んだ。
「…何?」
「いや、似てるなぁ、と思って」
「…嬉しくない」
宗がげんなりして言った。
「ただいま」
「おかえり」
車に乗り込みながら言うそれが明羅はいつもなんとなく照れくさくて明羅はそそくさとシートベルトをつける。
「…別にもう迎えもいらないと思うんだけど」
「いや、いいから」
「だって時間中途半端だし。怜さんの練習する時間が…」
それでなくても明羅のために余計な時間を取っていると思うのに。
「いや、そうでもない。今はお前の学校あるから早起きだし。前は昼過ぎまで寝てたりしたから、それに比べればかえって健全な生活だ。明羅が行った後からずっと練習出来るしな」
「……そう?ならいいけど…。負担かけるは、やだな」
「負担じゃないって」
怜が明羅の髪を撫でた。
それだけで心にふわりと温かい感情が湧いてくる。
そういえば宗に触られてもちょっと、あまり、歓迎出来ない感じだったのを思い出した。
「どうした?」
微妙な表情になったのに怜がすぐ気付いた。
「うん…今日、宗のとこにチケット持っていったんだけど」
教室の様子とか、その時に宗に髪触られたけど全然違って、とか明羅は素直にそのまま話すと怜の顔が段々とむっとしてきた。
「怜さん?」
「ああ?」
「………怒ってる?」
「いや、怒ってはいない。……面白くないだけだ」
「どこが…?」
「全部。だが…とりあえず宗には触らせるな」
明羅はじっと怜を見た。
「………うん」
そして眦を仄かに染めて小さく頷いた。
帰ってくるとリビングで怜の練習する曲を聴く。ここ最近はずっとコンサート用の曲だ。
それに飽きるのかちょこちょこ別な曲も混じる。
こうして毎日聞けて曲が仕上がっていくのを聴けるのも幸せだ。
あんなに焦燥感だけだった怜の音が今は明羅に安穏をくれる。
怜の音が明羅を包めば安心感が湧く。
怜の与えてくれる全部が明羅の精神に、心に今までにない平安をくれる。
そして誰も与えてくれない音の戦慄も。
今はもう明羅がピアノに触るのは本当にただ指が動かないようにならないようにくらいのものだけで、自分で弾く曲はいらなかった。
全部ここにある。
あんなに自分で追い求めた音だったけど。
それは自分自身のものにならなかったけれど、それでもここにある。
全部与えてくれるのは怜だけだった。
その人がいつでも傍にいてくれて、こうして守られるように包まれている。
明羅はソファにころりと横になって怜の音の中に身を委ねた。