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揺れる焔。 4

 翌日も点滴を受け、食欲は相変わらずなかったもののどうにか具合は落ち着いた。
 …落ち着いたといっても点滴のおかげなのだから治ったわけじゃない。
 どうしたって精神的なものでこうなってるのは分かりきっているが食べ物をどうしても受け付けないんだから仕方ない。
 尚がいた時はあんなに食べていたのに。

 朝も食え、と言われてパンを焼いて食べるようになった。
 昼は学食で、夜も肉や野菜を炒めて食べたり。
 尚が器用に包丁を使うのもおかしくて。
 いや、ギターでもあんなに指が動く位なんだから器用なのだろう。
 …尚の指…
 連動して尚の腕やキスや熱まで思い出した。
 眠っている時も尚の腕は遥冬を守るように抱きしめてくれていた。
 遥冬…、と尚が呼んでくれるのが好きだ。
 何度も何度も。
 少し元気になったからか、尚を思い出すだけで遥冬の身体が疼いた。
 忘れようと思ったって忘れられるはずがない。

 「尚………」
 小さく名前を呼んだ。
 すぐに応えてくれた腕がない。
 寂しい…。足りない……。声が聞きたい。
 ………………会いたい。
 屈託なく笑う顔が見たい。
 いつも遥冬を見つめてる目が見たい。
 キスしたい。
 ここに戻る前に足りなくないようにとあんなに毎日毎日してもらってたのに…。
 もう足らないなんて…。
 布団の中に潜り身体を丸め遥冬は顔を手で覆った。
  

 朝から点滴とお粥を少し口にして、渡された薬を飲んだ。
 「これは昼の分。それと…夜の分だ。袋を分けておいたから間違わずに呑むように」
 「…昼と夜の分で薬の種類が違うんですか?」
 「………ああ」
 医師は顔を遥冬と合わせないで終わった点滴を外しながら頷いた。
 昨日は具合が悪くて一日部屋で過ごし誰とも顔を合わせなかったからもあるのか、今日は大分気分はいい。

 いいが…、智哉の婚約式がある。
 そして…。
 遥冬は頭を振った。
 あの女の父親も今日はやってくる。
 ばたばたと家が騒がしい。そりゃそうだ、と遥冬は冷めた思いしか浮かぶはずがない。
 本来ならば何一つ自分には関係のない事なのに…。
 のろのろと着替えを済ませる。今から婚約の式が座敷で行われるのでスーツを着用した。

 「遥冬」
 ドアを開けて父親が顔を出したのに遥冬は目を瞠った。
 「自分の役目は分かっているな?あちらも了承済みだ。お前は気に入られたらしいので娘も乗り気だ。………出来ない、なんて言ったらどうなるか…分かっているな?」
 また吐き気がせり上がって来そうだ。
 「………はい」
 遥冬は俯き、頭を項垂れた。
 「男につけられたキスマークも消えたようだし丁度よかった。まさかあんなモノ身体中につけて女は抱けんだろうからな」
 はっと馬鹿にしたようにして笑われる。遥冬を診察した医師から報告がいっているのだろう。

 全部消えたんだ…。
 遥冬は泣きたい気分だが顔の表情は変えない。
 「役目果たすように。お前の休み中に孕めばよいが…ああ、そんな早くに上手くいくわけないか。いや学校が始まってもそのままお前のマンションに連れて行けばいいのか。孕むまで、な…」
 はは、と笑いながら去っていった父親の姿が消えると遥冬は吐き気を抑えるように身体を折った。

 冗談じゃない…あそこに連れて行くなんて!
 あそこには尚しか入れてないのに!
 助けて……。
 でも尚にそれを求めたら尚に迷惑がかかってしまう。
 尚の優しい家族にまで毒牙が向けられるんだ…。
 縛られるのは自分だけでいい。
 尚にまで類を及ぼしちゃいけない。
 「……尚」
 でも今ここで名前を呼ぶ位ならいいだろう?
 咽ぶ声で尚を呼んだ。
 ここに尚はいない。
 遥冬は顔を悲痛に歪めた。


 婚約式では相手の家族と智哉の家族だけでひっそりと執り行われた。
 媒酌人役はそれも父の息のかかっている同じ県議夫婦。
 国会議員の女の父親におべっかの応酬。
 智哉は礼服姿。女は豪奢な着物だが締りのない身体をさらに強調しているようにしか見えない。

 「ご長男もご次男もそれはそれは美男子で」
 女の母親も智哉と遥冬を見比べる。
 そして女も。
 上座に智哉と女が並んで座り、智哉は一度も女を見ないでやはり無表情でただ座っていた。
 女の方は上機嫌らしく智哉の顔に見入り、そして遥冬をも計るように見る。
 遥冬は吐き気を抑え、ただ座っているしかなかった。 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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