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焔は静かに。1

 「遥冬?」
 …眠ったか。

 尚はほっと安心した。
 青白い顔。頬も幾分こけていた。
 それでも安心して眠りについたのかその眠った遥冬の表情に苦渋は見えなかった。
 その遥冬の頬を撫でてからタオルで遥冬の身体を綺麗にしていく。

 寂しいという事さえも分かっていなかったのか…?
 尚は静かに眠る遥冬を見て泣けてきそうになる。
 母親もいなくて、父親からもあれで…感情をいちいち出していたらきっと遥冬は崩壊していたのだろう。
 だから…自分を守る為にあんな人形のような顔をしていたんだ。
 冷たい仮面を被って壁を作って人を寄せ付けないで必死に自分を守ってきたのだろう。
 綺麗になった遥冬の身体を抱き寄せるとすりと遥冬が擦り寄ってきた。

 「な、お……」
 「ちゃんといる」
 「……ん」
 安心したような穏やかな声。
 遥冬は尚の存在を確かめるかのようにのろのろと手を尚の胸に触れてきた。尚はさらに安心出来るようにと遥冬の背中に手を回す。

 …よかった…。
 電話が来なければ勝手に家に踏み込む気でいた。
 もう玄関に向かおうとしたところに遥冬から電話がかかってきたのだ。
 意を決していたはずなのに自分から尚に電話してくる位遥冬の心の中も切羽詰っていたのだろう。

 どうなるか、とハラハラしたがどれも計ったようにタイミングはよかったらしい。
 尚が遥冬を連れ出してその後すぐに強制捜査に踏み込まれたらしいから。
 そういえば道の途中で警察車両とすれ違ったんだった、とすべてにおいていっぱいいっぱいになっていた尚は今更思い出した。

 やっと手に戻ってきた。
 この4、5日間は本当に尚は気が気じゃなかった。
 水野には毎日電話して確認。
 遥冬が体調を崩したと聞いた時はすぐにでも連れ帰りたい気持ちだったのを我慢した。
 遥冬から求めてこなければ意味がないような気がした。
 そうじゃなければ何かあった時きっとまた遥冬は尚から逃げるだろう。

 遥冬が自分から求めて覚悟を決めなければならないんだ、と尚は自身に言い聞かせた。

 それもどうやらぎりぎりだったらしい。
 きっとこれ以上時間が経っていたら遥冬は壊れていたかもしれない。
 身体的にも精神的にも。

 具合が悪いのに薬を盛ってまでって…。
 きっとそれを命じたのは遥冬の父親だろう。
 父親のする事じゃない。
 自分の父親と違いすぎる遥冬の環境に尚は唇をギリと噛み締めながらさらにきつく遥冬の身体を確かめるように抱きしめる。

 でも遥冬はぎりぎりでちゃんと尚に助けを求めた。
 愛おしい…、と自分の中に湧き上がる深い思いに自分で照れくさくなる。
 「柄じゃねぇけど…」
 でも本当の気持ちだ。
 「遥冬…安心しろな…」
 すぅすぅと規則正しい寝息を漏らす遥冬の顔が安穏としているのに笑みが浮かんだ。

 
 翌日ホテルを出るとそのまま遥冬を尚は自分の自宅に連れ帰る事にした。
 具合も悪く、食事も取ってなかった遥冬の身体に薬を使ってのセックスは負担だったらしくかなり憔悴しきっていたのだ。
 「病院いくか?」
 「いい。行かない。………身体見られたくない」
 「あ!……俺の所為か!わり……」
 「…いいんだ。身体は確かにダルいけど気分は悪くないから」
 車のシートを倒して横になっている遥冬の顔は確かに昨日の切羽詰った感じではなくなっている。
 「…ホントか?もし酷くなったら悪いけど病院連れてくぞ?」
 「ん…」
 遥冬がちょっと嬉しそうに頷く。

 そのまま自宅に着いて尚は運転席を降り、助手席に回ると遥冬を抱き上げた。
 「ちょ、尚!なにする!」
 「いい。ふらふらしてんだから。掴まっとけ」
 尚の家なのに、と思っているからか遥冬が仄かに顔を赤らめてるのが可愛くてキスしたくなるけどさすがに外では危険だ。

 「遥冬くん!」
 母親が慌てて出てきた。
 「悪い。ほとんど食ってないらしいんだ。なんか食わせて」
 「お粥作ってあげる!」
 「………すみません」
 遥冬が小さな消えそうな声で謝っている。
 「いいのよ!あ、お父さんが今家に一回帰ってくるそうよ」
 「分かった」

 母親は憔悴しきった遥冬の様子に事情を詮索する事もなく、ただ黙ってすべてを受け入れてくれる事に尚は感謝する。
 遥冬を抱き上げたまま家に入り、そして自分のベッドに運んだ。
 「とりあえず寝てろ」
 「……ん……ごめん…」
 「謝るな。俺は俺がそうしたいからしてるだけだ。謝る位なら最初っから頼ってもらった方がよっぽどいい」
 ベッドの端に腰かけながら遥冬の髪を撫でた。
 「……ありがとう」
 「どういたしまして」
 尚が頷いてにっと笑うと遥冬も仄かな笑みを浮かべながら頷いた。
 
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