ばたばたとそれ以降も遥冬の家の事で忙しかった夏休みが終わって、大学が始まるとやっとなんとなく落ち着いた感じになった。
遥冬の父親逮捕の報道は大学でも囁かれたがそれでも夏休み中だったという事もあって関心は薄れていたのに尚は安心する。
裁判だなんだと遥冬にはまだ色々と心配事が続きそうではあるけど、尚は勿論遥冬を一人にするつもりはない。
遥冬の身体はすっかり元通りに戻って自分のマンションに戻ったが、尚が遥冬のマンションに泊まるのと交互に遥冬が尚の家に泊まることも多くなった。
もともと綺麗な遥冬だが最近はさらに雰囲気が柔らかくなっていて、一緒に外を歩いていても人が遥冬に目を引かれているのが分かる。
それが心配で心配で仕方ない…。
遥冬の50’Sのバイトも復活。
復活はいいけど、尚はバイトはないのにまるで金魚の糞みたいに遥冬にくっ付きまわっていた。自分でも呆れる位だが遥冬にはそれがいいらしい。
ウザイと普通は思う所だと思うが、自分を気にしてもらえる、というのが嬉しいらしい。
「こんにちは~……ってまた尚先輩いる。何してるの?遥冬さん邪魔じゃないの?」
「邪魔ってな…」
配達に来た岳斗は来る度にいる尚を怪訝に見る。
「……ねぇ…尚先輩?」
「ああん?」
尚が自然に遥冬の肩を抱き寄せてたのを見て岳斗が穿った目で尚を見た。
「それセクハラ!」
岳斗が尚を指差しながらきっぱりと言い放った。
「ああ!?何言ってんだ!?遥冬は俺んだからいいんだよ」
「はぁ?尚先輩こそ何言ってんの?勘違いでしょ」
「テメ、この…」
「いいんだ…」
くすと遥冬が笑みを浮べると岳斗がぽやんとして遥冬を凝視してた。
「遥冬さん、ますます綺麗になっちゃったぁ…」
「ああ!?お前には千尋がいんだろうが!遥冬はやらねぇ!俺んだ」
「誰も欲しいって言ってないでしょ!………って…尚先輩マジなの?」
「マジだけど?」
「うわ~~~~~~~~~~~………ナイ!」
「はぁ!?」
「遥冬さん……ほんとに尚先輩でいいの!?だって!尚先輩だよ!?」
「……どういう意味だそれは!?ほんっとテメェは先輩に向かって失礼なヤツだな!」
「うん…尚しかいらないんだ…」
そんな岳斗と尚の言い合いの言葉など耳に入らないのか、遥冬は満足そうに笑みを浮べるとその遥冬の表情に岳斗は見惚れ、尚はどうだ?と得意気になる。
「ああ、遥冬の事千尋には言うなよ?どうせアイツ俺がお前の傍に近いからやきもきしてんだろ?少しさせとけ」
「…うん!」
岳斗が頷く。
「すっごい気にしてる!」
「だろうな」
「………どうして?」
遥冬がにこりと笑みを作って尚を見た。
さっきの幸せそうな笑みと違い、それがかなり怖い事になっている。
「あ、俺戻らないと!じゃあ失礼しま~すっ」
空気を悟った岳斗は遥冬がサインを入れた伝票を持って慌てて逃げた。
「尚?どうしてその千尋って人は岳斗くんの傍にいる尚を気にしてるの?」
遥冬がじっと尚を凝視する瞳の奥に焔をちらつかせている。
「ええと……」
たらたらと尚も冷や汗が流れてきそうだ。
「尚?」
にっこりと笑っている遥冬の顔のこめかみに見えない怒りマークが見える。
「…遥冬…言っても気にしない…かな?」
「する」
「じゃ言わない」
「……………」
遥冬の顔が一変して氷に変わった。
目も冷ややかになる。
「……やっぱり尚は岳斗くんが好きなんだ」
「ち、ちげぇよ?そうじゃない!なんでそうなるんだ!?……ちょっとふざけて岳斗にキスした事あるんだ。アイツ等が付き合う前!」
さらに遥冬の周りが氷点下に下がっている。
「遥冬さ~ん?」
「何?」
無表情。この上もなく。
「…………岳斗くんが好きなのかな、と思ってたけど…やっぱり…。キス………」
びょうっと尚に向かって冷気が吹いてきたように感じてしまう。
「ちげぇよ?あの…全然違いますからね?一年以上も前だし!ほんのちょっとだけです!出来心です。バードですよ?岳斗には遥冬にしてるようなアレコレしてぇとは思わねぇからっ」
「……どうだろうね?だってなんとも思ってないのにキスはしないでしょう?それとも尚は誰にでもキスできるんだ?へぇ~」
「いや!そうじゃないって!」
遥冬は尚に視線を向けずに仕事を続け、尚はその後ろにへばりついて言い訳するが綺麗に完璧無視。
「遥冬さ~ん…」
ガン無視は遥冬のマンションに戻るまで続き、まるで氷河期の様にまで気温の下がった遥冬のご機嫌が直るまでは何日も要してしまった。
テーマ : BL小説
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