「はい、静かに!…森先生」
ざわつく教室。
まぁ、それも分かる…と千波は微かに口元に苦笑を浮べた。
教卓の前に立った千波と並んだ森 孝明に女子生徒は目を輝かせ、男子は羨ましそうに森を眺めいる中、千波が促すと森 孝明は小さく頷き、黒板にチョークで自分の名前を堂々と書いた。
そしてそれも上手い字だ。
「森 孝明です。これから3週間ほどここの学校の篠崎先生の下で勉強させていただきます。いくらか皆さんとも年が近いし気軽に話しかけてください」
声が通る。教室の後ろまで響くいい声だ。
声も字も態度もどれも堂々としていて全然物怖じしていない。
「森先生、出席の確認お願いします」
生徒の顔を覚えさせるのに丁度いいだろう。
事前の打ち合わせに来た時に生徒の名前を確認したいと自分から言ってきていたた位で呼び方も大丈夫なはず。
森はハイ、と出席簿を受け取り、生徒の名前を呼んで顔を確認していく。
たった3週間だけれど、この実習で教職を諦めるヤツも多いんだ。
今の段階では森は先生に向いていそうだ。
淀みなく生徒の名前を呼んでいく。
ちょっと掠れた感じだけど凛と通る声。
生徒の返事する声もいつもより弾んでいるみたいだ。
1時間目は授業なしなので一緒に数学研究室に連れて行く。
「指導案を見せてください」
事前の打ち合わせで授業内容は告げてある。
今はまだ千波の授業の見学だが、すぐに授業に立ってもらうことになるのだ。
「はい」
家で作ってきた指導案を見せてもらうとほぼ文句をつける所がないといっていい出来栄えだった。
「凄いね。ほぼ文句なしだ」
「ほぼ?」
自分では完璧と思っていたのか?
くすと千波は仄かに笑みを浮べる。
「ここはもう少し説明を入れた方がいい。皆が皆一回の説明で分かるか、といったらそうじゃない子もいる。大事なところは繰り返して」
「…ああ、なるほど。そうですね」
その他にも細かな所を付け加える。
森 孝明は自分を完璧と思っていたらしいわりに千波の言うことは素直に聞き、そして書き込んでいく。
千波が指導教員としてはあまりにも若くて馬鹿にされるところもあるのでは、と少しばかり危惧したがそういう事もないらしい。
「篠崎先生…」
指導案の直した所を踏まえ、もう一度清書しながら森が話しかけてきた。
千波は自分の分の次に行くクラスの授業内容の確認をしていた。
数学研究室は狭い。おまけに数学で使う教材とかが置かれているので、机を置いているとぎりぎり人が通れるか位の狭さだ。
それでも一応二人掛けで千波の向いに森がいた。
「狭いか?用意した実習室はもっと広いし、物もこんなにごたごたと置かれていないから…」
「いえ、それは全然気になりませんから。それより、学校内では篠崎先生とお呼びしますけど、学校外では千波さんでいいですか?」
「は?」
何を言ってるんだ?
「俺ダチに篠崎ってのがいるんです。別にソイツも苗字で呼んでる訳ではないですけど、紛らわしいので」
「…別に学校外で会わなければ名前を呼ぶ必要もないと思うけど?」
学校外でも会うつもりなのか?
会う必要など特にないと思うが。
「そんな事言わないで下さい」
森が向いで眼鏡の下から鋭い視線を千波に向けてきた。
「篠崎先生と話をするのは楽しそうだ。無駄な話もないし、的確なアドヴァイスをいただけるし、是非もっと話がしたい」
ああ、そういう事。
どうやら森の中でも千波は合格点を出されたらしい。
千波も森に対して同じように合格点を出していたのだからお互い様だ。
「教職を採るつもりなのか?」
「…これはオフレコでお願いしますが、正直どうしようか、と迷っているところです」
それで話が聞きたいのだろう。
「そういう事なら。いくらでも聞いてくれていい。…まだ君の授業を見たわけではないけれど、現時点では君は教職に合っていると思う。声もいい。物怖じもしない。指導案もしっかりしている。生徒の名前の確認など事前の準備も万端だ。僕が実習生をした時よりずっと君のほうが優秀だよ」
「……ありがとうございます」
誉められればうれしいのか、仄かに森の顔が上気しているようだ。
いいけど…名前呼びはやっぱり関係ない気がしてくる。
質問疑問はいくらでも答えてやるつもりだが校外で会う気はさらさらないので別に構わないか、と千波は名前で呼んでもいいかと聞かれた事にはスルーすることにした。
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