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白立つ波。 5

 千波は森にされた事は考えないことにして、普通に学校を終え、自分のアパートに帰ってきた。
 千波は今まで何人かと付き合った事はあったのだが、キスまでいった事がなくて初めてだった。
 「ファーストキスが男ってどうよ?」
 はぁとがっくりしてベッドに腰かけた。
 男同士が…というのは知っている。
 弟は男の子と一緒に住んでいるし、紹介もされた。
 もう何年だ?

 いや、弟んとこはどうだっていい。
 自分だ。
 自分自身がそんな対象に入るなんて思ってもなかった。

 別にアレはなかった事にすればいい。そんな事位気にするな。

 そう思ったって初めての事に気にしないわけがない。
 実習生として優秀で何も問題ないと思っていたのに…。
 はぁ、とまた溜息が漏れる。
 そういや生徒に気をつけろ、とも森が言っていたと冷静に思い出す。

 生徒に?

 週に何回か質問に来る生徒は中学生なのにすでに千波より身長が高い。
 そういう対象に自分がなっている?
 …まさか。
 そう思いながらも森が嘘をついているとも考えられない。
 確かに多感な時期で興味があるのも分かる。
 自慰はもう覚えているだろう。
 セックスだって知識としてならもう知っていてもおかしくない。

 …その対象が自分?
 悪寒がして思わず千波は震える。
 冗談じゃない。
 気を引き締めなくては…。
 しかし自分もされた事にがくりとしてしまう。
 27になってファーストキスでその相手が男…。
 どうしたって凹んでしまう。
 だからといって一人で飲みに行くという事も出来ないし、誰か誘う、という相手もいない。
 自分がちょっと情けなくなってきて、はぁ、と千波はまた大きく溜息を吐き出した。

 それからはなるべく数学研究室に籠もる事はやめて職員室にいる事にした。
 森は必然的に用意された実習室へ。
 これなら生徒が質問をしに来ても誰か他の先生の目もあるし、森になにかされるわけでもない。
 一石二鳥だ。
 ただ煩わしいのは他の先生に話しかけられる事だ。
 とくに同じ実習生の指導教員になっている佐藤先生がひっきりなしに話しかけてくるのに辟易する。

 「篠崎先生。指導案みていただいてもよろしいですか?」
 どこか疲れた様子の森が千波の横に立っていた。
 指導案はすでに見てOK出したはずだったが…。
 「じゃあ、進路指導室で。空いてますから」
 千波も立ち上がって職員室隣の進路指導室に森を連れて行く。
 誰もいなくなった所で森が口を開いた。
 「あのバカ女どうにかなりませんか?」
 やはり指導案についてではなかったらしい。

 「どうか…?」
 「邪魔です!飲みに行こうとか、愚痴とか、それならまだしも誘われるのには虫唾が走る。俺にだって好みがある!」
 「…いや、好みをここで言われても…」
 好みの話は置いといて。
 「…支障出るのはちょっと…。石川先生に相談しますか?」
 実習生の直接の指導は千波と佐藤先生だが、その責任は石川先生に任されている。
 「お願いします。このままだとある事ない事言われそうな気がします」
 そんなに酷いのか?
 森の憤慨している様子に千波は頷いた。
 「彼女の指導の佐藤先生も呼びましょう」

 それから森の訴えを聞くと佐藤先生も石川先生も頷きながら聞いている。
 「ではとりあえず森くんは篠崎先生、数学研究室に…。」
 「……分かりました」
 折角避けていたのに…。
 そういう理由では仕方ない。

 「あの女はいったい何をしに実習に来ているんだ?指導案を見たけどろくなもんじゃない。ちょっとカッコイイ生徒にまで色目使う感じだぞ!」
 再び数学研究室に戻ってきてしまったが、そこで千波と二人になるとさらに森が口を開いた。
 「そんなに?」
 「ああ。男という男に媚売る感じだ。反吐がでる」
 そこはまぁ、同意するしかない。
 「自分の顔見てからにしろって。篠崎先生の方が綺麗だ」
 「……は?」
 何か今余計な事が聞こえた。

 「千波さん。実習いる間は大人しくしときますけど。終われば別に関係ないですから、飲みに誘ってもいいですよね?」
 「いや」
 思わず千波は即答で断った。
 「嫌?」
 「ああ、嫌いのいや、じゃないけど…」
 何を言ってくるんだ。
 「僕は人と深く付き合うのは苦手なので」
 「全然深くないでしょ?…まだ」
 まだ!?
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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