「佐藤先生…大丈夫ですか…?」
千波もふらっと足取りがおぼつかない位酔っていた。
けれどもまだ頭の中はどうにか思考回路は残っている。
「らいじょう…ぶ…っ!」
だめだ、佐藤先生は完璧出来上がってる…。
千波はとにかくタクシーを捕まえて佐藤先生を押し込むと、本人が行き先をどこどこまで、と運転手に告げていたので、一応ほっとした。
こんなに飲んだのは初めてかも…。
佐藤先生がタクシーで去っていったのに安心すると、気持ちが悪くなってきて千波がしゃがみ込んだ。
なんか立ったからか段々と酔いがさらに回ってきている感じがしてくる。
「篠崎先生…?千波さん?」
森の声か?
なんでこんな所で…。
「森…」
しゃがみ込んでいる千波の身体に触れてきた手。
「…酔ってるんですか?」
「そう……きもち、わる……」
千波の記憶はそこで途絶えた。
ちょっと、待て……。
目を覚まして、ありえない状況に千波はだらだらと冷や汗が流れた。
知らない部屋。
だが、シングルのベッドで横に寝ているのは森 孝明だ。
そして自分はパンツ一丁。
そうだ、森の声は聞いた。
あ、いや…段々と思い出してきた。
森に声をかけられて…。大丈夫だ、と答えたけど…。
…もどしたんだ…。
頭もがんがんする位痛い。
佐藤先生の愚痴につき合わされ、しかも二日酔いなんて最悪のパターンだ。
しかも介抱されたのが自分担当の教育実習生…。
「ん?」
胸の辺りに赤くなっている所があった。虫刺され?でも痒くもないし腫れてもいない。
千波は眼鏡のないぼやけた視界で眼鏡を探した。ベッドのヘッドボードに置かれていたそれをかけ、視界がはっきりしたのにちょっと安心する。
そして狭いベッドの隣で寝ている森を見た。
いつも髪を上げて眼鏡をかけていた森は髪を下ろして眼鏡もかけていないのでまるで別人のようだ。
本当に森、か?と訝しんでしまう。
千波は寝ている森 孝明の前髪をそっと上げてみると確かに本人らしいとまた少しほっとする。
いや、全然安心という事態ではないけれど、見知らぬヤツよりはましだろう。
「う、わっ!」
その森の髪を触っていた腕を本人に捕まれると森の開いた双眸と視線がかち合った。
「おはようございます…」
「お、お、おは、よう……」
なんと言っていいか…。指導教員の自分が…、にかなり動揺してしまう。
「今日は千波さんは休み、ですか?」
「…休み」
心臓がドキドキしてしまう。いったい森に何を言われるだろうか?
「じゃ、いいですね…。もう少し寝たら?頭痛いんじゃ?」
「…痛い」
「でしょうね。吐く位飲んだなら。水持ってきますか?ああ、シャツは洗濯機に突っ込んであります。スーツは一応濡らして汚れは落としましたが今は着られる状態じゃないですよ?」
「……すみません……」
千波は小さくなって謝った。
5歳も下の弟と同じ年の子に迷惑をかけるなんてナイだろう…。
森が起きだしてキッチンの方に行く。
……森もパンツ一丁。
たらたらと千波は冷や汗がまた流れてくる。
何もない…よな?
男同士で出来るのも知ってはいるけど…。まさか、な…?
「はい、水、どうぞ?」
「…あ、りがとう」
渡されたコップの水をこくりと千波が飲み干す。
動揺していたからか、たらりと口端から水が零れたのを手で拭った。
「……それわざとしてんですか?」
「は?何を?」
呆れたような目で森が千波を見ていた。
何の事だ?
でも森はそれ以上何も言わないで千波の飲み干したコップを森が取り上げる。
「ああ、ありがと…うっ」
森がコップをベッドのヘッドボードに置くと千波の頭を押さえてキスしてきた。
「な、にするっ!」
「昨日もしましたけど?…ああ、キスも初めてだったそうで…すみませんでしたね?」
森の顔が目の前で、かぁっと千波は自分の顔が真っ赤になったのが分かった。
そんな事も言ったのか!?自分!?
「そ、そんな…事…」
「初めてだったのに、と何回も言って泣いてましたけど?」
泣いて!?
「……そんな、の覚えてない…」
「でしょうね。呂律も怪しかったし。いったいどんだけ飲んだんですか。…誰と?」
森の顔はすぐキスできそうな位近いままだ。
「佐藤先生の愚痴に付き合ってたんだ…。それでつい飲む量が多くなってしまった…」
言い訳するように千波が言う。
「こんなんなったのは初めてだよ…」
「…それならいいですけど」
そして軽くまたキスしてきた。
「ちょっ!」
何するんだ!?
「初めてのキスが俺なんでしょ?2回目も3回目もそれ以上もうしましたけど。今更何回しても変わりないでしょう?」
確かにそうだけど…。
「ほら、頭痛いなら寝てていいです。気分は?」
「…気持ち悪いのは…今は、ちょっと…だけだ」
ただ確かに二日酔いで頭は痛いし起きているのはちょっとツライ、とつい森に促されるまままた千波は横になってしまった。
テーマ : 自作BL小説
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