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熱視線 幻想~ファンタジア~8

 客席にどきどきしながら明羅は座った。隣には怜のお父さん、宗、伊藤さんが並んでいる。
 すでに客席は満席。
 ざわざわした雰囲気。
 落ち着かない。
 手が震えそうだ。
 「明羅くん?大丈夫かい?」
 隣でお父さんが心配そうに明羅を見ていた。
 「…大丈夫」
 「怜は?」
 珍しくお父さんが怜さんの事を聞いてきたのに明羅はくすっと笑った。
 「怜さんは普通だよ」
 落ち着かないのは明羅のほうだ。
 10年間のコンサートではどんなものか聴いてやろう、位の勢いで開演のブザーを待ったのだが、もうこれは精神的に悪すぎる!と明羅は思う。


 動悸な鳴り止まないまま、ブザーが鳴って客席の照明が落とされ、ステージの照明が明るくなれば明羅の心臓は止まってしまいそうに感じた。
 かつかつと怜が出てきてピアノに片手をかけ客席に一礼する。
 大きな期待の拍手が沸き起こり、そして顔を上げた怜の視線が明羅を捕らえた。
 ふっと表情を弛ませそしてピアノに向かう。
 手を膝に置いて上を向いてふっと息を吐き出し、手が鍵盤にかかる。
 選曲は全部明羅の希望で、バッハからベートーベン、ショパン、リスト、ピアソラ。
 どれも明羅が好きな曲。
 
 身体が震える。
 恐くて震えているのか、怜の音に震えているのかもう分からない。
 広い会場に透明に響く音。
 音が煌くように分散して見えるような音。
 激しい熱情ではその音の広がりがさらに増して、幻想ポロネーズでは夢の様に感じてくる。
 カンパネラでまた透明な音が響き、リベルタンゴでは燃えるような情熱が見える。
 明羅の目はずっと潤んでいて、ただじっと怜を見つめた。
 髪を上げた額に汗がうっすら浮かんでる。
 手が腕が鍵盤の上を舞っていた。
 いつも独り占めしてるけど、やっぱり人前で演奏しなくてはいけない人だと思う。
 でも独り占めしたい。
 あれは全部明羅のものだ、と言ってしまいたい。
 

 大きな拍手に明羅ははっとした。怜がまた立ち上がってピアノに手をかけ一礼していた。
 そして明羅に視線を向けた後舞台袖に姿を消す。
 照明が客席に付けられアナウンスが10分の休憩を告げるのも明羅は全然耳に聞こえないまま呆然としていた。
 どうしよう…。
 クラシックはやっぱりよかった。
 明羅の肌はずっと粟立ったままで、その音に引き込まれてしまっていた。
 問題は二部の方だ。
 

 「次が明羅くんのプログラムだね?」
 伊藤さんが言うのに明羅はびくっと身体を揺らした。
 「明羅くん?控え室行かなくていいのかい?」
 怜さんのお父さんが小さい声で聞いてきた。
 「…うん。…いい、です。ここで…」
 かえって怜の集中を逸らせてはいけないと思う。
 「どう、でしたか…?」
 「それは次を聴いてからだ」
 怜さんのお父さんが憮然としながらそう言うのに明羅は笑った。悪くなかったらしい。
 「宗は?」
 「ん~…やっぱよくわかんねぇけど…ぞくぞくとはした」
 宗の言葉に明羅は満面の笑みが零れた。
 そしてすぐにブザーが鳴る。


 怖い。
 助けて欲しい。
 でも助けてくれる人は舞台の上で。
 かたかたと身体が震え出した。
 怜がかつかつと再び姿を見せ、そして明羅を見て小さく大丈夫だ、と言わんばかりに頷いてくれた。
 きっと分かったのは明羅だけだ。
 

 小曲から3曲。CMの1曲。
 そして<ハッピバースデイ>。
 どうしたってタイトルに合わないけど、怜との間ではずっとコレで呼んでいる。
 まさか怜の誕生日のプレゼント、というつもりの軽いものだったのに、4ヶ月ほどでこれが人前で演奏される事になるなんて思ってもみなかった。 
 CDまで。
 CD出さないって言ってたのに。
 激しい1楽章。緩やかな2楽章から怒涛の3楽章へ。
 複雑な和音。スケール。大きな手の怜さんだから出来る音の並び。


 どうしよう。
 誰も認めてくれなくていい。
 これは明羅が作った怜のための曲で、怜が完璧に弾いてくれる。
 明羅がそう弾きたかったように。
 表現したかったように。
 CDとは微妙に弾き方や強弱を変えている。
 でも違和感なんか全然なくて。
 ぶわっと涙がせりあがってくる。
 だめ、泣かない。
 ぐっと明羅は拳で涙を拭い、そして壇上の怜を見つめた。
 毎日一緒にいてくれる人。
 明羅の欲しいものを全部持ってる人。
 与えてくれる人。
 

 フォルテッシモで手を振り上げ演奏を終えた。
 そして静かに怜が立ち上がってピアノに手をかけ深く一礼する。
 拍手が起きなくて明羅は動揺した。
 どうしたのか、と周りを見渡したら突然の歓声と拍手とスタンディングオベーションが湧き起こった。
 日本じゃあまりスタンディングオベーションは起きないのに!
 やっぱり堪え切れなくて涙はもうだらだらと流れていた。
 

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