そのまま少しまた眠ってしまっていたらしい。
はっと目を覚ますと千波はまだ森のベッドの中だった。
「あ…」
目を開けた視界に森の姿。
狭い部屋の小さなテーブルに片膝を立てて教科書と睨めっこをしていた。
「起きましたか」
森がすぐに千波の起きた気配に気付く。
「あ、…うん…」
千波はヘッドボードにまたも置かれていた眼鏡をかける。眼鏡がないと全然見えないからだけど、自分で置いた記憶はないので森が外して置いてくれていたはずだ。
「気分と頭痛は?」
「…大分、いい…」
森はいつも眼鏡をかけ、髪をあげ、スーツ姿だったのに、今は眼鏡もかけてないし、髪もあげてないし、服装もロンTにジーンズでまったくの別人に見えてしまう。
若い!…当たり前だけど。
でも…声は一緒だ。
森は眼鏡もかけていないのにすたすたと歩いて自分のクローゼットからロンTを出してきた。
「どうぞ?」
「あ、ありがとう…借りる…」
いいけど、上だけ?渡されたのは上だけだ。
「上だけです。下はそのまま。それ、ちょっと丈ば長いし、俺のサイズなんで千波さんにはちょっと大きいでしょうから」
「?」
意味が分からない。
「でもこれじゃ帰られない…」
「帰しませんから。今日は」
「え?」
「明日も日曜で学校休み、ですよね?」
「まぁ…」
運動部の顧問とかだったら部活などで出たりするだろうけど、運動が苦手な千波は活動をしていなような文化部の顧問なので休日当番でない限りは休みだ。
とりあえず裸は心許ないので袖を通すが、ちょっとぶかぶかなのが気に入らない。
しかし上だけ着て下がパンツ一つというのも…。
落ち着かなくてTシャツの裾を伸ばしたけれど、コレは森のだし…。
下は貸さない、帰さないってどういう事だ?
でも自分が迷惑かけているのは分かりきっている事だし、どうしても強気に出られない。
「森、くんの迷惑だろうし、邪魔だろうし…帰る、よ」
「迷惑は今更です。昨日より今の方がよっぽど迷惑じゃないです。邪魔でもありませんのでそのまま明日までどうぞ?明後日は学校があるので、さすがに明日は帰しますけど」
にっこりと森が笑顔を作る。…作り笑いのだ。
「ああ、それと…名前、孝明です。覚えていますか?千波さん」
「し、ってる…」
名前で呼べ、って事か?
「何か食べますか?もうお昼過ぎてますよ?」
「え?」
千波のスーツのポケットに入っていた小物は一まとめにしてくれてヘッドボードに置かれていたので、自分の携帯を見ると確かにもうお昼過ぎていた。
「千波さん、番号言うのでかけてください」
「え?」
森…いや孝明がすらすらと番号を言うので千波が慌ててその番号を入れかけると、部屋で音がした。
孝明の携帯の番号か…。
「次、メール」
どうにも主導権は孝明が握っている。
そりゃ迷惑かけたから仕方ないけど…。これはあと2週間の実習生活が思いやられそうだ。
「それ登録しておいてくださいね?」
「……分かった」
千波は頷くしかない。
下は下着姿で穿いてないのでベッドから降りるのもなんとなく憚られる。
いや、男同士なんだから本当であれば気にする所ではないはずなのだ。だが、キスされている身としてはなんとなく身構えてしまっても仕方ない。
その孝明は涼しい顔で立ちあがるとベッドに近づいてくる。
ワンルームだけら距離なんてないようなものだけど。
「何がいいです?お茶漬け?うどん?さらっとしたのがいいでしょう?」
「え、と…う、ん…。じゃ、お茶漬け、で…。まだちょっと気持ち悪いし…少しでいいから…」
「じゃ、そっち座っててください。すぐ用意します」
「スミマセン…」
千波は小さくなるしかない。
自分が世話しなきゃないのに世話されるって反対だろう。
テーブルの方に座っていろと言われたのでそろりとベッドを降りると、Tシャツの裾を気にしながら、落ち着かない気持ちでテーブルの前に座った。
「クッション、使っていいです。もうペタンコなって座布団状態ですけど」
孝明の声が聞こえたのでそろそろと薄くなったクッションに座った。
部屋は余計な物がなくて綺麗だ。千波の部屋の方がよほど物が多いだろう。
森はまだ大学生で仕送りで暮らしているのだろうから当然だろうけど…。
何度も千波は裾を気にして足に挟めるようにして正座した。
「どうぞ?」
「…ありがとう」
孝明がテーブルに茶碗を置いて千波の隣に座る。
千波は小さくなりながらそれをいただいた。
いいんだけど…、孝明が舐めるように千波を見ているのにやっぱり落ち着かない。
へんな緊張が持続していた。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学