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波が打ち寄せる。 4

 受付で千波は自分の住所とか電話番号などを書いていく。
 「名前…」
 今拾ってきたばかりの子に名前と言われても…。
 千波は猫、といって呼びかけていたけれど、さすがにそれはないだろう。
 「孝明は猫飼ってたことある…?」
 「親がね」
 「名前って…」
 「ああ…。うちのは真っ白だったからそのままシロでしたよ」
 「……ミューミュー鳴いてたからミューでもいい、かな…?」
 「いいでしょ」

 なんとなく照れくさい。
 あの子がウチに来る?
 部屋を片付けよう。
 あといるものってなんだろうか…?
 篠崎ミューと名前を書くのがおかしくて。

 帰る前にもう一度カゴの中に入れられている小さな子に手を伸ばした。
 「お前の名前ミューだぞ?」
 白い毛並みに目が青で鼻と手足と尻尾が薄いグレーだ。
 千波がカゴの外から指を入れると必ず擦り寄ってくる。
 「…分かってるんですかね…?」
 孝明もそれを覗き込んで呟いた。
 「やっぱりそう思う?」
 ぱっと千波は顔を上げ、孝明を見た。

 「動物の本能で助けてくれた人って分かるんでしょうね」
 思わず千波から笑みが零れた。
 「…また明日も来るから…。ではすみません…。お願いいたします」
 「衰弱はしてますが大丈夫ですよ。見た所ではおおきな病気もかかっていないみたいだし。検査してみないと分かりませんが今の段階では心配いりませんよ」
 先生もそう言ってくれたので千波は頭を下げて病院を後にした。
 そして孝明に改めて視線を向けた。
 「あの…本当にありがとう…」
 「いいえ。別に何をしたわけじゃないので」

 孝明はいたってあっさりと告げる。
 でもこうしてわざわざ来てくれたんだ…。
 「ウチ、寄る?」
 「…いいんですか?」
 だってまさかわざわざ来てくれたのにじゃあさようならってのは、ちょっと、な気もする。
 そのまますぐ近くの千波のアパートに一緒に向かう。
 「アパートはペット可なんですか?」
 「あ、うん。小さいのならって…。大型犬とかはダメらしいけど。確か…。だからそこはいいんだけど、猫飼うのに何が必要なのかな…?」
 「大事なのはトイレ。猫砂。あとはキャリーですかね。ご飯なんかは子猫用とか確かあるはずだからそれ。あの子は小さいからウェットフードかな…。トイレも猫は簡単に覚えるし寝てる事多いし苦にはならないと思いますけど」
 「…そう?」

 千波は動物を飼うなんて初めての事でどうにも不安だ。
 「……買い物一緒行きますか?」
 「…いい、か?全然分からないんだ」
 そんな事を話しているうちにアパートに着いてしまう。
 「どうぞ」
 そういって孝明を中に入れたけど他人をアパートに入れたのは孝明が初めてかだった。

 「無防備な人ですね…」
 はぁ、と孝明が溜息を吐き出した。
 「無防備?そう、か…?…今まで誰も家にあげたことはないけど?」
 孝明は秀麗な顔を千波に向けてそしてまた溜息を吐き出した。
 「ああ、餌と水を入れる器もいりますね。ペットショップ行けば色々売ってますから。…ペットショップどこにあったかな…トイレにキャリーに猫砂というと結構な大荷物になるな」
 どうぞと千波は孝明を部屋に入れ、ソファに勧めた。孝明のワンルームよりは千波の部屋のほうが狭いとはいえリビングがある分広いだろう。

 「部屋狭いけど、大丈夫なのかな…?」
 「大丈夫でしょう。ああ、あと外には出さない方がいいですよ?病気や怪我しますから。ウチのは外に出しててあと帰ってこなくなりました」
 「そうなんだ…」
 「車とかも危ないですしね」
 それはそうだろう。
 それにしても…。
 なんで孝明に電話して、そして今こうしてここに呼んでしまったのか。

 無防備だ、と孝明に言われた言葉に今更ながら千波は自分が浅慮だったのか、とも思う。
 先週孝明にされた事を思えば何を考えているんだ、と自分でも思わなくもない。
 でも電話するのが他に誰も浮かばなかった。
 なんて寂しい人間なんだと自分で自嘲が浮かんでくる。
 でも孝明はわざわざこうして千波のために来てくれた…。
 それを考えると、どうにも複雑な気がしてならない。

 しかしどうも空気が重い。
 なにを話していいものか。
 先週の事はなかった事にしろ。週明けても孝明も月曜の朝に軽くふれただけで何も言ってはこないのだから。
 「千波さん車って」
 「…持ってない」
 「でしょうね。普段いりませんもんね。…ダチから借りてきます」
 「……ありがとう…」
 どうして孝明はここまでしてくれるのだろうか…?
 落ち着かないのは千波だけなのだろうか?孝明の態度に特に変化は全然見られなかった。
  

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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