翌日学校に行っていつもと変わらない生活。
孝明は昨日少ししてすぐに帰っていった。
先週のアレは魔が差しただけなんだ。
…そういえば昨日わざわざ来てくれてありがとうとも告げていなかったと千波は今更ながら思い当たった。
いや、先週の事を思い出せばそれ位したっていいはず、とも思うけれど。
どうにも気持ちが複雑だ。
孝明と学校で顔を合わせても昨日の猫の件の事などなかった態度だし、格好も違いすぎるのになんだか別人と会っているような気さえしてきてしまう。
先週あった事も昨日あった事も間違っているのではないか?なかったのではないかと時間が経つにつれ記憶が曖昧になってきそうな感じだ。
決してそんな事はないのだけれど。
学校にいる間は現実な気がする。
どうも本の世界に入り込んでしまうくせがあるからだろうか?そんな風に思ってしまうのは?
現実の生活の学校の先生業を終え、いつもより早めに学校を出た。
そうはいってももう生徒は残ってはいない時間だ。
そしてそのまま足早に昨日行った近所の動物病院に向かう。
「すみません…」
そっとドアを開けて中に入ると昨日いた受付の女の人がまたいてどうぞ、とにこやかに千波を迎え入れてくれた。
「元気ですよ」
受付の人の言葉にほっとして診察室の奥にある入院スペースに案内されカゴに入ったミューに声をかけた。
「…ミュー」
小さくそっと子猫の名前を呼んだ。
いい年した男が子猫に名前で呼びかけるのがなんとなく気恥ずかしい。
でもミューはすぐに顔を上げてぽてぽてと千波の方によってくるとカゴ越しに千波の指に顔を摺り寄せてきた。
「昨日のお友達?少し前に来たけど」
「え?孝明…が?」
先生が千波に向かって教えてくれた事に千波が目を見開いた。
「彼は猫飼ってた事があるんだね。よく知っている」
「ええ…。そうみたいで、す…」
わざわざ、気にして…?
「どれ位前ですか…?」
「一時間位かな…?」
じゃあもう帰っただろう…。
ミューを出してもらって手のひらに乗せる。
ごろごろと喉を鳴らしている。
体温が温かい。
こんなに小さいのに生きているんだ…。
「もうちょっとの我慢、な?」
狭いカゴの中よりもウチのアパートの方がましだろう。
かわいい…。
自分が親代わりになるんだ、と思えばやはりそれだけで情が湧いてくる。
みゃーと返事するように小さい声を上げた。
昨日ふるふると震えて動かなかったのが嘘のようにもぞもぞと動いている。
よかった、と千波はそっと子猫をカゴに戻した。
それにしてもわざわざ孝明が…。
動物病院の帰り道、孝明がその辺にいないかときょろりと視線を気をつけながらアパートに向かったがやはり姿はなかった。
それに少しばかりがっかりしている…?
いや、そんな事はないと小さく頭を振った。
なんであんな事されているのに自分は平然としているのだろうか…?
誰にも電話をする相手もいなくてかけたのが自分を犯した相手なんて変だろう。
でもわざわざ来てくれた。
昨日もそして今日も、らしい。
どうして…?
分からない。
そして自分自身も分からないんだ。
学校でも普通に出来る。
少しばかり、眼鏡の奥の瞳にどきりとする事はあるけれど、嫌だとか嫌悪感は湧かない。
相変わらず会話はスムーズだし、何を言ってもしても嫌な所はいまだない。
それもかなり不思議だった。
むしろ…。
されたことを思い出しかけて千波はぶんと頭を振った。
何を考えている!
人の肌など知らなかった千波だ。
人から与えられた強烈な快感を思い出してしまって思わず身体が疼いてしまう。
そういえば昨日孝明に電話した時、子猫に気を取られて聞き流したが、初めに電話に出た時欲しくなったか、と問うていたじゃないか!
千波はかっと顔を赤らめた。
なにか?
千波がしてくれ、と電話でもかけたのかと孝明は思ったのか!?
まさか!そんな事あるはずないのに!
今頃になって憤りが浮かんでくる。
でも猫が、といった途端に孝明はすぐに病院を調べてくれてさらにかけつけてくれまでしたんだ。
そして家にあがっても結局そのまま帰ったし…。
やっぱり孝明は自分でも間違った、と思っているのだろう。
そう思えばすぐに憤りなど去ってしまう。
それにミューのための買い物も…。何が必要かわからない千波のために一緒に行ってくれるという。
友人から車も借りて、と言ってたし…。
そこまでしてくれようとしている相手に怒るなんて千波には無理だった。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学