はのんのBL部屋

　「教生の森くんは何も問題もないし、優秀で、生徒からも人気もあるし、だからといってなぁなぁにもなっていない。文句ないですね。それに比べ…」
　教頭と学年主任と同じ教生に指導をしている佐藤先生と千波とで会議室で顔を合わせていた。
　金曜の授業が終わってあと一週間だ。
　初めはどうなるかと思っていたが孝明が優秀なおかげで千波は楽といっていい位だった。
　「小出君は来週の公開授業は大丈夫なのかね？」
　教頭の言葉に佐藤先生は頭を抱えていた。
　よかった。教科が数学で…と心底千波はほっとしてしまった。
　
　その日も千波は帰りに動物病院に寄った。
　ミューは元気そうで、明日には自分のそばに来られるんだと思えばますます可愛く思えてしまう。
　千波が手を出すと寝ていても必ず起きて擦り寄ってくる小さな子猫にもう千波は夢中になっていると言ってもいいかもしれない。
　「ミュー…」
　病院では小さくミューに聞こえるかどうかだけの囁くような声で呼ぶけれど、自分の部屋に連れ帰ったらベタ甘になりそうだ、と自分でも苦笑してしまう。

　そしてまた今日も孝明が様子を見に寄ったと聞いた。
　学校ではなんとなく聞ける雰囲気ではなくて昨日寄ってくれた事も結局聞けていなかった。
　「明日の何時頃お迎えに来れば…？」
　「午前中にもう一度検査するので、午後ですね。問題なければそれでお渡しできますよ」
　「分かりました」
　千波はミューに明日な、と声をかけてカゴに戻した。
　小さなミューはちょこんとお座りして千波をじっと無垢な瞳で見上げていた。
　もうしっかり目を開けていた。ガラス球のような綺麗な青い目で千波を見ているのに後ろ髪を引かれそうになる。
　「…明日は一緒…な…？」
　そっと手を伸ばすとやっぱりミューはすりと千波の手に擦り寄ってきた。

　動物病院を後にして千波は携帯を手にして躊躇した。
　孝明にかけようか…どうしようかと…。
　でもなんて言ったらいい？
　携帯に番号を表示させ、悩んだままアパートに着くと見計らったようにその本人から電話が来たのに心臓が飛び跳ねた。

　「も、し…もし…っ」
　『明日午後お迎えしていいって聞きましたけど』
　「あ、うん…そう、…らしい」
　挨拶も何もなしで孝明は本題に入った。
　動揺して千波はしどろもどろになる。
　先生業をしている時にはこんなしどろもどろなんてなった事などないのに、なんで孝明相手だとまともに話せなくなるのか…。

　『午前中にキャリー買いに行きましょう。車借りたんで千波さんのアパートついたら電話します』
　「あ、りがとう…。あ！あの…」
　千波の方がずっと年上のはずなのにどうしても窺うような言い方になってしまう。
　学校ではこうはならないのにプライヴェートに入るとなぜか…。

　学校を離れるとどうしても孝明の印象は真面目そうな教生の姿ではなく先週の孝明になってしまうからだ。
　千波の方がどうしても経験値が少ないからだろうか…？
　「昨日も今日も…見に来てくれてたんだろ…？ありがとう…」
　『礼を言われるほどじゃないですよ。俺が気になって行ってただけですから』
　くすと孝明が電話元で笑ったのを感じた。どんな顔をして笑っているのだろう…？
　そういえば皮肉そうな笑みと作ったような笑みしか見ていないような気がする。
　『では明日』
　「うん…ありがとう」
　電話が切れる。

　一体孝明は何をどう思っているのだろう？
　わざわざ毎日ミューの様子を見に来てくれて、友達から車を借りてまでしてくれてミューの為の買い物に付き合ってくれるんだ。
　千波は助かるけど…。
　「猫好き…？だから…？？？…とか？？？」
　…似合わない。
　いや、似合う似合わないの話じゃないんだけど…。

　孝明は飄々として表情がいつも変わらない。
　千波だって学校では、今まではそうだったはずなのだが、どうも孝明の前では違ってしまっている。
　…というか、なんでこんなに孝明の事ばかり考えているのか！
　千波は頭を振って孝明の事を考えるのを振り払うようにして自分の部屋に入り、そして眺めた。
　ここに明日から同居人、いや、同居猫が増えるんだ。
　期待と少しばかりの不安も過ぎる。
　自分に生き物を飼うなんてそんな責任を負っていいのだろうか、とも思ってしまうけれど、もうミューの可愛い姿はすっかり千波の中でかえがたい存在になってしまっていた。


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続きに拍手コメお返事です～^^
　

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学