千波は早くに目が覚めて、ミューが来るのに部屋を掃除したり片付けたりと落ち着かなく動いていた。
そんなこんなで時間を過ごしていると携帯がなったのに慌てて携帯に出ると孝明だった。
『千波さん?下に着きましたよ』
「ああ!ありがとう。今出るよ」
携帯を切って千波は部屋を出た。
ミューのお迎えに期待と緊張が入り混じってしまう。
いい年した男が恋人もいないのにコレってどうなんだろうかと自分でも思ってしまうが、行くたびに擦り寄ってきた、無垢の瞳で見上げるミューにめろめろと言っていい位なんだから仕方ない。
外に出て行くと、道路の路肩にハザードランプをつけて車が停まっていた。車にさして興味のない千波は車種なんかもよくは分からない。
運転席を覗き込むと髪を下ろしている孝明が乗っていて、どうぞ、と言わんばかりに千波を確かめて顔を傾けるのに千波はそろそろと助手席のドアを開けた。
「おは、よう…わざわざすまない…」
「いえ、俺の車じゃないですし。午後には返すんでさっさと買い物行きましょう」
「うん…」
孝明の友達の誰かから借りてきた車にそっと乗り込んだ。
行き先も道も何も言わなくても孝明がスムーズに車を運転していく。
「大きいペットショップ行きましょう。なんでも揃いますから」
「…うん…。任せる」
だって千波は何がいるかなんてよく分かっていないから。たよりは孝明だった。
…やっぱり変だと思う。
友人でもないのに。
本当ならば千波の方が指導教員で年上なはずなのに主導権は常に孝明が持っているみたいだ。
学校にいる間は殊勝にして別人のように見えるけど、こうして学校を離れてしまうとどうも千波は落ち着かなくなってしまう。
きっとキスもなにもかもが初めてだと知られてるからだ。
教員としてなら今までの経験上、孝明の上に立てるが、それ以外ではまるで勝てる気がしない。
はぁ、と千波は小さく嘆息した。
「……どうかしましたか?」
「え!?あ、いやなんでもない…」
じっと孝明が千波を見ていた。嘆息を漏らしたのに気付いたらしいのに千波は慌ててしまう。
そのまま車は無言でペットショップに着いた。千波の勤める学校の近くだった。
「ここが一番大きい様なので」
「あ、うん。…ごめん…わざわざ調べてくれた…?」
「わざわざという程でもないですよ」
指導案を見ても分かる事だが、孝明は事前にちゃんと下調べをする性質なのだろう。思わず千波はふっと笑ってしまった。
「…ありがとう」
先週のアレがなければ孝明は本当に何も文句のつけようのない千波にとって付き合いやすい人物だ。
気に障る所なんて一つもないどころか、かえって千波の方が迷惑をかけている状態なのだから。
先週のアレがなくて、千波が指導教員でなければ…。
でもそれがなかったら今こうして学校が休みの日に一緒にいる事もないだろうとも思う。
どうにも変な感じだ。
キャリーにトイレに猫砂にご飯用の皿、と選んでいく。日中は普段いないので水は新鮮なものが出るものした。
それにやっぱり鈴つきの首輪。
鈴鳴らしながら…が可愛いだろう。
爪きりにそしておもちゃの所で止まって孝明と顔を合わせた。
「やっぱ猫じゃらし?」
「でしょう。子猫遊ぶの好きですから」
種類も色々あったけど、シンプルなものを選ぶ。
今まで生活に何の変化もなかったのに、ミューが来るというだけでなんて楽しいんだろう。
ご飯は孝明が病院に聞いていてくれたらしく、猫用ミルクとか、ウェットフードとか選んでくれる。
「あとは自然にカリカリのご飯にしていけばいいでしょう」
「…そうなのか…?」
「ウェットフードを出しっぱなしは衛生上あんまりね…」
確かにそうかも…。
「…大丈夫…かな…?日中ほとんどいないのに…」
「大丈夫でしょう。野良なんてそれでも生きてるんですから」
…それはそうだけど…。
一人で留守番ってかわいそうな気が…。
そんなの人間のエゴかもしれないけれど。
「猫なんてほとんど寝てるのが多いんですから。帰ったら可愛がればいいんですよ。あの子は頭もいいみたいだし、大丈夫でしょう。ちゃんと千波さんを分かってるみたいだしね」
くすと孝明が笑ったのに千波はどきりとした。
作った笑いとかではない微笑だった。
「う、うん…」
なんで孝明の優しそうな表情にこんなに動揺するのか…。
千波は慌てて爪とぎ用の用品に目をそらした。
「ああ、それもいりますね」
すぐに脇から孝明が手を伸ばした。
千波よりも大きい手だった。
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