無理やりにじゃない。
拒否すれば出来たはずだ。
もう何度孝明とキスしたのだろう?
千波の頭の中がくるくると回っている。
初めてだったはずのキスが孝明とはもう意識がない時も含めると数えられない位してる事になる。
何故…。
そしてそれが嫌だ、とは思えないんだ。
いったい孝明は何を考えているのだろう…?
なんでキスした?
いや、キスどころか先週はセックスまでしてるんだった…。
千波は脳裏に思わずされた事が浮かんで顔をかっと赤らめた。
「コ、コーヒーでも…いれる」
慌ててがたんとテーブルにぶつかって大きな音を立てるとミューが飛び起きた。
「あ、ごめん!ミュー…」
何事!?という顔でミューが目を開けたのに千波は謝った。
「千波さん?どうかした……」
じっと孝明の目が千波を見つめた。
いつもは、学校にいる時は眼鏡の奥にある目が、伊達眼鏡が表情を消しているのに今は素だ。長い前髪の下から刺さるような視線で孝明は千波を見ていた。
「どう、もしな、い…」
なんで思い出したりなんてしたんだ。
孝明の手が与えた快感を千波の身体は覚えていた。
だってあんなの誰からも与えられた事などなかったんだから強烈に千波の中に残っている。
今の今まで具体的にされた事なんて思い出さなかったのになんで今鮮明に思い出してしまうのか。一回気にしだしたら次々と思い出してくる。
千波はこくりと唾を飲み込み、何食わぬ顔を装いながら千波はコーヒーをセットするために立った。
マズイ…。
コーヒーを用意する手が動揺して震える。
学校の時なんて全然思い出しもしなかったのに!
された事なんてまるで夢の様な感じの事だったのに!
なんで今の孝明の視線だけでこんなに動揺してしまうんだ。
その千波の足元にミューがぽこぽこと走ってきた。
「ミュー?どうした?」
「…買ってきた猫ミルク、あげてみたらどうです?」
孝明の声が聞こえる。
「え?ああ…そう、だな」
買ってきた猫用ミルク缶を出して説明を見てコーヒーと一緒にミューのミルクも作る。
「ミュー…危ないよ?」
足元にミューが纏わりついている。あまりにも小さくて踏んづけてしまいそうで怖い。
「こら。邪魔しない」
孝明が立ってきてミューを抱き上げ、千波の横に立った。
すると視界が高くなったからか、ミューは大人しく孝明に抱っこされてきょろりと周りを見渡していた。
「千波さん、お湯気をつけて」
「あ、ああ…」
声が近い…。
鍋に湯を沸かしてミューのミルクを作るとミューが鼻をクンクンと鳴らしている。
「…わかるのかな…?」
ミューを覗き込み、そしてそのミューを抱っこしている孝明の顔を見上げると目の前にあったのにまた動揺してしまう。
「あ、ミルク…ミューにあげてて…。コーヒー持って行くから」
孝明はミューを片手で抱き、粉を溶かして作ったミルクの皿を手にソファの方に戻っていって千波は思わずほっとしてしまった。
何をこんなに意識しているんだ。
千波は小さく頭を振ってコーヒーを入れリビングの方に運んでいく。
「千波さん、ここ」
「…え?」
孝明がくすと笑って自分の隣をトンと叩いてソファの隣に座れと指示していた。
「い、いいよ…」
「いいよ、じゃなくて。ここにどうぞ」
有無を言わせない孝明の言い方に千波はコーヒーを手に小さくなって隣に座る。
孝明と千波の間でミューがミルクをぴちゃぴちゃと無心で飲んでいた。
それに千波がカワイイ、とくすと笑いながら見ていると、視線を感じ、顔を上げれば千波を孝明がじっと見ていた。
「な、なに…?」
「いいえ。なんでも」
じんわりと千波の身体が汗ばんでくる。
思い出すな、と自分に言い聞かせるのにそう思えば思うほど思い出してきてしまう。
「…おいしい、のかな…?」
意識をミューに向けようとして千波はミルクが空になった皿を一所懸命舐めているミューの小さい身体を撫でた。
するとミューはミルクに満足したのかソファから降りて部屋の中を走り出す。
ここに、隣にいて欲しいのに!
ミューがいないと隣には孝明しかいない。
孝明が身体を動かしたのに千波はびくっと身構えてしまう。
ただコーヒーを取るために動いただけだったのに…。
心臓が落ち着かなくて、千波もコーヒーに手を伸ばしてカップをぎゅっと両手で包んだ。
視線はとてもじゃないが隣に向けられない。
千波はコーヒーを睨むようにしてそっとカップに口をつけた。
視界に孝明の手や伸ばした足が見える。
なんとなく挙動不審な千波と違って孝明は悠然としているみたいだ。
何故自分だけこんなに落ち着かないのか。
なんとなく腹立たしくなってくる。
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