千波はずっとコーヒーを手に持ったまま離さず隣の孝明に視線を向けないようにしていた。
視線を絡めてしまったらダメなような気がしてならない。
学校じゃ普通なのに…。
それを今言っても仕方ないのだが。
「…俺はむいてますか?」
「…え?」
孝明から話しかけられたが何の事だろうか?意固地になっているかのように千波は視線を孝明に向けなかった。
「先生、として」
学校の話題にぱっと千波は顔をあげ、思わず隣に座っている孝明を見てしまった。
「…むいてる、と思うよ」
孝明がじっと千波を見ていたのにこくりと千波は喉を鳴らす。
「…ふぅん…。先生なんて一番俺に似合わないと思ったけど」
「そんな事ないと思う…。指導案は文句ない位だし、授業進める声も態度も堂々として…。ぱっと見たら誰も教生だなんて分からない位だ。生徒にだって人気あるし…人を惹きつけるんだと思う」
「……惹きつける…ね…」
孝明がコーヒーを飲んで呟いた。そしてあまり大きいとはいえないテーブルにコーヒーを置く。
「…千波さん…?」
「な、に…?」
ぐいと孝明が近づいてきたのに千波は身体を竦めた。
「さっきから何をそんなに意識してるんです?…先週のですか?」
「そ、そんなん、じゃっ!……っ!」
肩をつかまれてぐいと身体を引き寄せられそうになるのに千波は腕で孝明の胸を押さえた。
「な、に…するっ」
「いえ、期待されてるようだからお応えしなきゃと思って」
「し、てないっ!」
「嘘ですね。さっきのキスだってあなたは嫌がってないでしょう?」
ちゃんと分かられていたのに千波は言葉がつまってしまう。
「あなたをヤった相手に電話かけてきて、猫飼うのに買い物まで一緒行って…今、俺がここにこうしているのが普通のようにしてるし?」
「そ、そんな事、ない!」
孝明が言ってるのが本当だ…。
自分でだって変だ、と思っていたんだから。
「嫌じゃない、でしょう?」
嫌ではない…。ちがう!される事が、じゃなくて、孝明が、だ。
落ち着いた深い声で、会話だって態度だって千波が気になるようなところはなくて…。そんな人珍しいんだ…。
「孝明こそ!な、なんでわざわざ…毎日ミュー見に来たり!とかっ!」
「そりゃ気になったからでしょ。あまりにも小さくて大丈夫かと思って。…全然大丈夫で元気でしたけどね」
孝明はくすと笑って千波の身体をぐいと抱き寄せながら視線を走り回っていたミューに向けたのに千波も一緒に視線をミューに向けた。
ミューは何かを追いかけるように、遊んでいるように走り回っている。
その姿が可愛くてどうしても千波は笑みが漏れてしまう。
そしてはっとする。だって孝明がじっと千波を見ていた。
「な…に…?……んッ!」
顎を掴まえられると孝明が唇を重ねてきた。
すぐに孝明は舌を千波の口腔にねじ込んできた。
「ぁ……っ…!」
舌を掬われ舐られるのに千波の力が抜けてくる。
なんで…。
孝明がふっと唇を離したのに思わずはうっと溜息が漏れてしまうとそれを孝明がくすりと笑って見ていた。
「…ほら…よさそうだ」
よさそうって!
千波がかっと顔を赤らめると孝明が千波の眼鏡に手をかけ、外そうとした。
「な…に?」
「眼鏡邪魔ですから。普段はストイックに見えるのでいいですけど、今は俺しかいないし、それにセックスの時は邪魔です」
「セ……っ!!!」
眼鏡を外されテーブルに置くと千波の体をそのまま孝明が押し倒してきた。
「や、め…」
「やめますか?…先週は初めてであんなに感じてよがってよかったのに?」
「そ、んな…」
違う、と千波は頭を振った。
「別にいいんですよ?感じて…」
「ん。ぁっ…!」
耳を食まれながら孝明が囁くその声にぞくりと千波の背中が戦慄いた。
なんで、こんな…になるのか…。
抵抗なんて出来やしない…。
「千波さん」
孝明が名前を呼んでもう一度唇を重ねてくる。
そしてまた舌を絡められ、口腔を貪られ、孝明の手が千波の服の下に潜り込んでくるのにびくんと身体が反応してしまった。
「敏感ですね…」
クスと孝明が笑うのに千波はいたたまれない。
どうしたって経験値がない千波にはどうしていいか分からないんだから。
「…可愛い」
可愛い!?
はぁ!?
恥ずかしいだけでしかないのが可愛いってなんだ?
いや、きっとミューの事だろう。
それなら分かる。
視界の端で走るミューに千波が視線を向ければ、孝明もミューを見ていたのに納得した。
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