頬にざりざりというミューの舌の感覚に千波は目を開けようとした。
「こら、千波さん起こすな」
声と一緒にミューの気配がすっとなくなった。
孝明がミューを抱っこしたらしい。
そしてぎし、とベッドがなって孝明が起きたのが分かった。
「腹へったんだな…おいで」
小さな鈴の音が鳴ってるのが聞こえたので孝明が床にミューを下ろしたらしい。
軽やかな鈴の音でミューがご機嫌にぽこぽこと走ってる姿が見えそうだ。
ぼやけた視界に部屋を出て行く孝明の後姿とミューの姿を目を開けて確かめると千波は思わず笑みが浮かんでしまった。
孝明とミューの組み合わせが可愛くて…。
思わず千波は布団にもぐりこんでくすっと笑ってからヘッドボードに置いていた眼鏡をかけて起き出した。
「パンでいいか?」
「なんでも」
孝明がミューにご飯とミルクを食べさせている間に千波はさっと簡単に卵を焼いてパンを焼いてコーヒーを入れた。
なんかこそばゆい。
朝の清廉な光りが降り注ぐ部屋でほのぼのした家族ごっこをしているみたいだ。
今まで一人でいるのに何とも思った事などなかったのに。
「あと帰りますので。指導案作らないと」
「……うん…。でも孝明ならそんなに直す所も少ないから」
「一応色々吟味はしているつもりです」
「…うん。分かっている」
そうじゃなきゃほぼ完璧と言っていいものは作れないだろう。
「指導教員が千波さんでよかった」
「…そうか?俺なんかよりもっとベテランの先生の方が色々学ぶところが多いと思うけれど…」
前髪を下ろして眼鏡をかけていない孝明は本当に別人に見える。
朝日の中で一緒に朝食を摂ってるというシチュエーションに千波が少しどきっとしてしまっているのを悟られないようにしなくては…。
朝食を終え、少ししてから孝明が帰ります、と立ち上がった。
千波も見送ろうと靴を履こうとしたら孝明に止められた。
「玄関でいいです」
「あ、ああ…その…ミューの事は、ありがとう…助かった」
「……どういたしまして」
孝明がじっと千波を見つめている。
鈴の音が近づいてきてミューがどうしたの?と言わんばかりに玄関でちょこんと座った。
「ちゃんと千波さん守れよ?…って犬じゃないから番犬にならないか」
孝明が屈んでミューを撫でながらくすりと笑っている。ミューは気持ちよさそうに目を細めてごろごろと喉を鳴らしていた。
「じゃまた明日」
「ああ…ありがとう…」
なんとなく礼を言うのがおかしい感じはするが…。
「……千波さん?」
「うん?」
じっと孝明に穴が開くくらいに見つめられるのにこくりと唾を飲み込む。
「……いえ、じゃあ」
孝明はそう言ってあっさりと千波の部屋を出て行った。
孝明が帰ったので鍵をかけそして千波は大きく溜息を吐き出し、自分の顔を押さえた。
なんか緊張した。
孝明に悟られないようにと気を張っていたが、自分で自分の気持ちを認識してしまったのに内心はかなり動揺していた。
男を好き、ってありなのか?
いや、千尋と岳斗くんを見れば分かるけど、それが自分に当てはまるとは思ってもいなかった。
「…というか、兄弟で男好き…?」
いや、そんな事はない。
今まで男をいいなんて思った事などなかったし!
でも孝明にはどきりとしてしまう。
キツイ眼差しもいい声も…。
ずり、と思わず千波は玄関先でしゃがみ込んでしまう。
ミューがどうしたの?と立ち上がるようにして千波の身体に手をかけてきた。
「…なんでもないよ?」
よしよしと頭を撫でると満足そうな顔。
「孝明いないよ?帰ったんだ…」
きょろりとミューが孝明の出て行った玄関に目を向けているのに説明する。
説明なんてしたって分かりっこないのに。
「…遊ぶか?」
千波は立ち上がって猫じゃらしでミューと遊んで気を紛らわせた。
ミューが可愛いと思う。
いい子で頭もいいと思う。
そのミューが何度も玄関の方に行ってちょこんと少しの間座って玄関を見てそしてまた千波の所に戻ってくるを繰り返す。
孝明が帰ってくるのを待っているのだろうか?
千波と孝明が一緒にいた時はそんな事しなかったのに、孝明が帰ってから何度もしている。
「ミュー…孝明は今日はもう来ないんだよ?」
そんな事言ってもミューには分からないのに。
それは自分に言い聞かせているんだ。
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