「おはようございます」
ミューを置いて出てくるのに後ろ髪を引かれながらいつもの様に学校に来て、そして孝明と顔を合わせた。
前髪を上げ、伊達眼鏡の孝明の姿にほっとしてしまうのがおかしい。
挨拶をしても週末の事には一言も触れない。
月曜の朝は職員会議があるのでちょっと早めに出勤でそのまま職員室で孝明の指導案を見て直す所をアドヴァイスする。
アドヴァイスといってもやっぱり孝明の指導案はほとんだ直す所なんて些細なものだ。それよりもまだ孝明と二人きりにならないのにもほっとしてしまう。
意識するな、と思っても、昨日孝明が帰ってしまってから寂寥感が千波を包んでしまって、それが余計に孝明の顔を見られなくしていた。
「どこがいけないのかわかりません!」
女性の甲高い声が響いてきたのに孝明と千波も振り返る。
案の定小出さんだ。
指導案を前にだろう、佐藤先生が説明しているのに全く聞く耳を持たないのか分かりませんと繰り返しているだけなのに千波は佐藤先生を気の毒に思ってしまう。
そのまま授業へ。
孝明の授業は本当に教生かといわんばかりだ。
いつも文句のつけようなんかない。
「篠崎先生」
数学研究室で孝明が眼鏡の下から千波を呼ぶのに少しだけどきりとした。
少しだけだ。
名前じゃないし、孝明も態度が取り繕っているからそこまで動揺はしない。
案の定質問は授業に関する事で真面目だ、と感心してしまう。
今日見せられた指導案だって昨日帰ってから作ったのだろう。
千波が教生の時はかなり時間がかかったものだが。
昼休みで学校がざわついている中、ドアにノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
声をかけて入ってきたのはいつも質問にくる男子生徒だった。
「篠崎先生、ココなんですけど…」
いつものように問題集を手にしていた。
「ああ、これはまだ授業でやってないだろう」
でもやる気のある生徒は大歓迎だ。
「ああ!わかりました!」
説明して問題が解けると生徒のぱっと顔が華やいだのに千波も満足する。
「篠崎先生…土曜日、ペットショップいたでしょ?」
「え?」
「誰か男の人一緒だった。…友達…?」
「ああ。そうだけど」
密かに見られてたのか、とどきりとしたが、アレが目の前にいる孝明だとは分からないだろう。
「ペット飼ってるの?」
「ああ、猫…って、そういう事はいいから」
「可愛い?」
「可愛いよ」
「…あの一緒にいた人とは仲いいの…?」
「それは君には関係ないだろう?」
答えようがなくてシャットアウトすると男子生徒は千波の気配を悟ったのかありがとうございました、と言って出て行ったのに千波はほっとした。
「………友達だったんですか?」
低い声が向かいから響いてきた。
「だ…って…なんて言えばいいんだよっ」
思わず千波は小声で返してしまう。
「…………そうですね…」
孝明が眼鏡の奥でいつもの突き刺さるような視線で千波を見ていた。
「……ミューが……待ってる、んだ」
思わず千波が呟いた。
「え?」
「何度も何度も…玄関に行って…ドア、見て……」
「…………俺、を…ですか…?」
「…多分。………今日、なんか用事ある、か?君の方が先に終わるだろう?用事なければ、先に……」
ウチに帰って、というのも変で言えなかった。
それに名前も…。孝明と呼んでいいのか、森先生、と呼べばいいのか。
「用事ありませんよ。千波さんがよければ先に行ってます」
「うん!」
小さいミューを心配でいたのだが、孝明が頷いてくれて思わず安心して千波は破顔してしまう。
「…………千波さん…」
「うん?」
孝明が頭を押さえていた。
「どうか…?」
「………いえ、なんでもないです。…ミューが心配ですからね」
「そうなんだ…。大丈夫だろうか…」
「……俺はあなたの方が心配ですよ」
はぁ、と孝明が溜息を吐き出していた。
「今週は俺いるからいいですけど、来週から俺がいなくなってからはココに籠もるのなしにしてくださいね。前もいいましたけど!さっきのだってまるきり窺っているじゃないですか!」
「うん?さっきの生徒か?何を?」
「…………………とにかくココにこもるのはなしで」
「まぁ、別に人が煩わしいからココにいるだけだけだから、職員室にいたっていいんだけど…」
孝明が呆れた顔で千波を見ていた。
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