自分の部屋なのにインターホンをならすのがおかしいけど、鍵を孝明に渡してしまったので仕方ない。
カチャリと鍵の開く音がしてドアが開いた。
「…おかえりなさい」
「た、だ…いま」
変だ!変すぎるっ!
千波は動揺しないように、と思っていたのにあまりにもおかしな状況でやっぱりどぎまぎとしてしまった。
「ミュー」
みゃう!と玄関先に座っていたミューがお帰りなさいといっているようでそれにぱっと千波は笑みが浮かぶ。
「大人しくしてたみたいですよ」
「そう…?」
すり、とミューが千波に擦り寄ってくるのに手を出すと千波の手に顔をこすりつけてきた。
そのあとは満足したのかまたリビングの方に走っていく。
「ご飯はまだあげてません」
「そ?……あ、…ありがとう…その…悪かった…」
「いいえ。全然」
孝明は眼鏡を外していた。髪はそのままだったけど。
「あ…勉強して、た…?」
リビングのテーブルに教科書やなにやらが並んでいた。
「一応。公開授業がありますしね」
「孝明なら大丈夫だよ」
千波がくすりと笑って言えば孝明が何かを言いたそうに口を半開きにして千波を見た。
「何?」
「……いえ、なんでも」
孝明が言葉を飲み込むようにしたのになんだろう?と千波は訝しんだが、問い直す事もしなかった。
「…あ、簡単なのしか出来ないけど、食べて、いく…か?」
孝明の顔から視線を背け、俯きながらおずおずと聞いてみる。
「……千波さんがよろしければ」
「そりゃ!だって…ミューのためにわざわざ来てもらったし…」
「……じゃ、遠慮なく」
孝明が頷いたのにぱっと千波が顔を上げた。
「でも!本当に炒めるだけとかそんなのだぞ?」
「俺も似たようなモンですから」
くすっと孝明が笑ったのに少しばかり面映くなる。
「ミュー!ご飯だぞ」
言葉が分かったかのようにミューが飛ぶように走ってきて千波の足元をうろうろする。
朝に用意していったミューのご飯の皿は空になっていてそりゃお腹はすいてるはずだ。
「こら、邪魔!危ないって」
千波の足に絡まるようにじゃれてくるミューを孝明が抱き上げた。
「千波さんの邪魔しない。大人しく待ってろ」
孝明に抱っこされるとミューは大人しくなって千波のする事を鼻をふんふんと鳴らしながらじっと見ている。
そんな一人と一匹が可愛くておかしくて千波はついくすくすと笑ってしまう。
そういえば自分の部屋に帰ってきてから笑う、なんてことはなかった。
そうじゃなくても学校でだってそんなに笑うようなことはないのに、ミューが来てから笑みを浮かべてることが多いと思う。
「千波さん?」
「え、あ、いやなんでもない」
思わず動きを止めていた千波は慌てて動いてミューのご飯の用意をした。
「ミュー、おいで」
ミューのご飯を食べる場所はリビングの端の方。
孝明に降ろしてもらったミューが走ってくる。
「…よほど腹が減ってたらしい」
くっくっと孝明がミューのがつがつした食べっぷりに口を押さえながら笑っていた。
…大きい手だ。身長も高いからだろうけど。
弟であるはずの千尋のほうが千波よりも身長も高いし全然似ていない。小さい頃から興味を持つものも全然違っていた。
仲が悪いわけではなかったけれど、親の態度の違いからどうしても千波は千尋に対して後ろめたい様な感じを持っていた。
いい子を演じきってた自分と自分を突き通した弟。
今は岳斗くんといるときの千尋の表情にほっとする。
よかった、と思うことが出来た。その弟と同級生の孝明…。
ミューの食べっぷりに見惚れていたがはっとして千波はキッチンに戻る。
「千波さん、何か手伝いましょうか?」
「い、いいよ。孝明はまだ、用意出来るまで勉強してていいから」
「……じゃあ後で分からないトコ教えてもらえますか?」
「勿論」
千波が頷くと孝明はキッチンから出て行ったのでほっと安堵の息を吐き出した。
…意識しすぎだ。
自分でもおかしいと思うくらい孝明の立つ位置も仕草も態度も気にしすぎている。
孝明の事は考えないようにして晩御飯の用意を始めた。
「…………千波さん………顔に似合わず男の料理、って感じですね」
どんと皿に盛られたてんこ盛りの肉野菜炒めに孝明が笑いを堪えながら言ったのに千波は真っ赤になった。
「俺はたいして料理出来ないって言った!それに顔は関係ないだろ!」
「いえ、ですから俺も同じようなもんですけど。…ありがたくいただきます」
「……どうぞ」
今度時間がある時は調べてちゃんと作ってやる、と千波は密かに心に決めた。
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