物怖じしない堂々とした態度。そんなに大きいわけでもないのに響く声。きりりとした格好。生徒の質問にも動ずることもなく躊躇もせずにきちんと丁寧に答える。
孝明の公開授業はどれもとても教生のものじゃなかった。
それは今までの授業を見ていても分かっていたけれど、千波だけではない他の先生方の視線も向けられる中で緊張もしないのかいつもと変わった様子は孝明には見られない。
見に来ていた先生方を窺えば満足そうに頷いているのにそうだろう、と千波も思わず微笑が漏れる。
そういえば千尋とバンドを組んでボーカルをしていたと言ってたんだ。
当時は結構イケてた、とも言ってた。
それならきっと視線を向けられるのには慣れているのかもしれない。
真面目に授業に取り組んでいるし、やっぱり教職に向いているように千波は思う。
反対に小出さんの授業は散々だった。
どこもいい所がない。
教科が国語なのに、誤字を堂々と披露して、生徒に指摘されればうろたえ涙目。声は震え、おどおどとした態度。そのくせ短いスカートでシナを作り女をアピール。
言葉の語尾が延び締りのない口調。
…自分で自分の事が分かっていないのだろうか?
公開授業を無事終え、職員室に戻れば自然に話題は限られる。
森先生に足りないのは初々しさ位か、と笑われた。
教生じゃないだろう、と。
それが評価を物語っている。
反対に小出さんの事になると誰もが苦虫を潰した表情だ。
あれはないだろう、と。
確かに千波だって思ってしまう。
職員室全体が教生の話題で持ちきりになっていた頃、孝明と小出さんは用意された教生室で反省文を書いているはずだった。
「すみません!教生室でっ…」
臨時の講師の先生が職員室に飛び込んできたのに千波は佐藤先生と目を合わせ、そしてすぐに教生室へと向かった。
女性の喚く声が廊下まで聞こえてくる。
それを宥めているようにしているのは孝明の声だ。
廊下になんだ?と生徒がちらほらといるのに、他の先生が生徒を追い払い、千波と佐藤先生、学年主任、教頭、と教生室に入った。
「何事ですか!?」
「私が上手くできなかったのは佐藤先生の指導が悪いからです!それに森先生はずっと篠崎先生と一緒でいつでも指導されてたから!」
…いや、そうじゃないだろう、とここにいる教職の誰もが思ったはず。
喚いて泣いて、本当にやる事なすことが散々だ。
ああっと声をあげながら小出さんが孝明に抱きつこうとするのにあ!っと千波が手を出して止めようとした。
その小出さんを孝明はびしりと手でなぎ払った。
「触るな」
……いくらなんでもそれは、と千波も思う位孝明には侮蔑の籠もった表情と口調だった。
よろりとよろけた小出さんは今度は泣きはらした目でき、っと千波を睨んできた。
なんで?
…と千波は思わず頭を傾げたくなった。
「篠崎先生って男性の方が好きなんですか?」
「は?」
突然言われた事にきょとんとしてしまった。
「お綺麗ですものね!見ました!土曜日に男の方と仲よさそうに買い物してる所!」
「………っ!」
孝明が珍しく血相を変え、口を開こうとしたのに千波は孝明を視線で止めた。
「それが?友人と買い物に行っただけですが?仲のよい友人位私にだっておりますが…」
嘘だ。そんなのいないくせに。
千波は自分でおかしくてくすっと冷笑を浮べた。
「あなたはお友達と買い物にも行かれないのですか?ああ……スミマセン。いらっしゃらないから分からないのかな?だとしたら失礼しました」
「し、篠崎先生…」
佐藤先生がおろおろしていた。
小出さんはあれがそこにいる孝明だとは気付いていないようなので安心する。
千波の言葉にか~っと小出さんが怒りに顔を真っ赤にした。
「私にだって買い物一緒に行く友達位います!」
「ああ、そうですか。それで?その仲のよいお友達とあなたはそんな関係なのですか?だから私も、と?」
「そ、そんなわけないでしょう!」
「でしたら軽はずみな事は言わない方がよろしいですね」
千波は侮蔑の目で小出さんを見下すように見た。
「森先生、数学研究室使って構いませんよ。ここだといつまで経っても自分の事が出来なさそうですから。佐藤先生?よろしいですよね?」
「え、あ、ああ…」
孝明がありがとうございます、と言ってついと頭を下げたけど、その口端が笑みを作っているのが見えた。
…笑ってる?
「教生で、学校で男性に抱きつこうとしたなんて…報告できますかね?」
千波がトドメをさしてやると小出さんは真っ青になった。
「篠崎先生…」
教頭先生が苦笑していた。
テーマ : 自作BL小説
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