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泡立つ波。 3

 でも孝明には問わないし、自分から好きだと告げる気もない。
 男に好きだと言われても困るだけに決まっている。
 昼間垣間見せた動揺もきっと勘違いだ。
 自分に都合いいように見えただけだ。
 千波は自身に言い聞かせる。

 駅で電車を待ちながら帰る、とメールすればすぐに飯の用意はしてあるのでまっすぐ帰ってきてください、と送られてくる。
 どうしてこんな事するのだろう?してるのだろう?
 一緒にいるのに慣れてしまって、いない方が物足りなくなってしまっているのに。
 それでも断る事なんか出来るはずもない。
 一緒にいたい、と千波が思ってしまっているのだから。
 
 「…ただいま」
 自分の部屋なのにインターホンを鳴らすとすぐに玄関が開く。
 「お帰りなさい」
 出迎える孝明とミューの姿にどうしても千波の顔に笑みが浮かんでしまう。そうすると孝明も満足そうな顔になるんだ。

 「思ったより早かったですね」
 「ああ、早く帰っていいと言われて…」
 「教育実習で疲れたでしょうからね?指導教官、お疲れ様でした」
 「…全然。俺なんか役に立ってない気がする…」
 「そんな事ありませんよ?千波さんでよかった。…今日は解放された気分でしょうから乾杯、ですね」
 「それは孝明も一緒だろう?元々真面目な、とは言いがたいのに…」
 「俺は元から真面目ですよ?」
 いつの間にか孝明は着替えも持ってきていたらしい。スーツ姿の真面目な感じは消え、眼鏡もなく、髪もおろしてる孝明がにやりと笑えば危険な香りがして来るように思えてしまう。

 「シャワー…したのか…?」
 「一旦自分のアパートに寄ってきました。明日と明後日の分の着替えも必要かと」
 「………」
 明日も明後日もいるつもり、か?
 …でもその後は…?
 千波が黙ると孝明が顔を覗き込んできた。

 「ダメでしたか?」
 「い…いや…?」
 「明日ミューのおもちゃ買いに行きませんか?猫じゃらしだけじゃ飽きるでしょう。ボールとか」
 「ああ、…うん…」
 「千波さんも先シャワーしてきたら?ビールは風呂上りのほう美味いでしょ」
 「…そうする」
 そそくさと千波はバスルームに移動した。
 ミューがついてこようとするのに孝明がミューを抱き上げる。

 「お前はダメ」
 子猫の成長は早くてあっという間にミューはジャンプが上手になった。
 ベッドの乗り降りも自分で出来るようになって窓辺にある棚の上から外を見るのがお気に入りの場所になっていた。
 「ご飯ミューにあげて?お腹すいてるだろ?」
 「分かりました」
 何も言わなくたって孝明はミューのご飯が置いてあるところだって知っているし、世話だってしてくれる。

 千波の部屋のキッチンで飯の支度に、ってどうしてそれをすんなり自分は受け入れられているのか。
 佐藤先生なんかは近づいて来られただけでイラッと苛立ちが湧いたのに孝明にはこんなに自分の生活の中に入り込んでても苛立ちがないんだ。
 「はぁ…」
 「……千波さん?どうか?」
 「ああ、いや、なんでもない」
 千波は苦笑した。

 大人になってからまさか男を好きになるなんて。
 いい、それでも。今がこうして満足だと思えるなら。
 …それがあと少しだって。
 大学に戻れば孝明もきっと日常に戻るのだろう。
 今までこの3週間が特別だったんだ。
 きっと学校でもずっと一緒だったからどこか孝明の神経が麻痺していたに違いない。

 とにかく千波は期待しないようにと自分に必死に言い聞かせる。
 こんなにされればどうしても淡い期待を持ってしまう。
 キスは毎日。
 昨日は抱かれていないけれど、それでも一緒のベッドで眠って。朝も腕があった。
 誰かの肌が、温もりが気持ちいいなんて始めて知った。
 朝からミューがいて、孝明がいて、帰ってきてもそう。
 ザーッと流れるシャワーを頭から浴び一日の疲れと汚れが落ちていく感覚にほっと息を吐き出す。

 明日も明後日も…。
 口端が緩んでしまう。
 ああ、ずっと孝明が飯の用意をしてくれていたから明日と明後日は千波がしよう。
 …でも男の料理、と笑われたのがちょっとだけ気に障る。
 ネットで何か簡単に出来て見栄えがよさそうな料理を探してみよう。
 ずっとミューの事を任せたようにしていたし、礼をしないといけないから!
 ささっとシャワーを済ませると千波は風呂場を後にした。
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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