…至れり尽くせり?
千波がシャワーを終えるとソファに座らせられ、ビールが出てくる。
料理も並んでいて、ミューもご飯を貰って満腹なのか定位置のソファの真ん中でくるりと丸まって寝ていた。
そんなに大きいとも立派とはいえないカウチソファから足を伸ばして孝明と並んで座るのが普通になってたけど…。
…別に誰に見られるわけでもないしいいか。
缶を合わせてぐいっと一口飲めばおいしい、と思える。
そんなに千波は酒が好きというほどではないけれど、風呂上りの一杯は特別美味いとは思う。
「…毎日、その…悪い」
「いいえ?全然。これは俺が勝手にしてることですから」
「そんな…。……助かってる…。ミューの事も…」
「コイツ…本当に、俺と千波さんが揃ってれば玄関行かないですね」
「………うん」
そう。
千波は自分がいない時のミューの行動は見ていないから知らないけれど、きっと孝明がいない時と同じ行動をしているんだ。
そしてこうして揃っていれば安心するのか玄関の方には行かなくなるんだ。
ついとミューを撫でると孝明もミューに手を伸ばしてきたのに視線を孝明に向けた。
その孝明もじっとまた強い視線で千波を見ていた。
なんでそんな目で見る?
じっと視線が絡み、そして孝明が口を開いた。
「好きですよ?」
…ですよ?
そんな軽く?
千波なんて一人でぐるぐるといつも考えてる位なのに!
「そう?」
「ええ。千波さんもでしょう?」
「…そうかもね」
「………かもね…。素直じゃないですね…。でも一筋縄ではいかないところもイイです」
「…それはよかった」
ぐいと孝明が千波の肩に手をかけてひきよせ、顔を近づけてくるのに千波が待ち構えていると唇が重なる寸前で孝明は動きを止めた。
思わず千波は眉間に皺を寄せる。
キスじゃないのか?
「ほら、キス待っているくせにそんな口利くんですからね…」
「…別に、待ってない」
「素直に言えばいいのに…」
そんなの言えるか!
ふいと孝明から顔を背けようとしたら頭を捕まえられ、唇を塞がれた。
好きだと?いつも考えてるって?言えるか!
しかも好きですよ?と疑問形で言われたのに千波ばっかり好きすぎるのは分かりきっている。
それが孝明の正直な気持ちなのだろう。
好意はあるのだろう。だからこうして一緒にいるんだ。
でも自分ほど重くはない。
好きに比重の差があるのを思い知ってしまう。
「んっ…」
孝明の舌が千波の舌を貪るように絡めとる。
キスはこんなに熱いのに…。孝明から言われた軽い好き、がちょっとばかり千波の心に引っかかりを作ってしまう。
好きでも自分の重い思いを知られたら引いてしまうかも。
きっと孝明は遊びの感覚なのだ。
のめりこんだら自分が傷つくだけだ、と千波は必死に自分を防御しようとする。
……そんなの手遅れなのに!
待ってない、なんて言って、本当は待っているんだ。
でもこれでいい。ゲームのような感覚なら孝明は飽きないだろうか?
「何考えてるんです?」
「…別に?」
孝明が唇を離したのに千波は互いの唾液で濡れた唇を手で拭った。
「…ホントあなたには翻弄されます」
それはこっちの台詞だ、と言う前にまたも孝明が性急にキスしてきた。
舌の絡まる粘着質の音が千波の身体に熱い波を呼び寄せてくる。
すると孝明がすっと千波から離れた。
「…後で、ゆっくり…ね?明日はお休みですしいいですよね?」
くすと孝明が笑みを含んで言うのに千波も必死に自分を取り繕う。
後でじゃなくて、今でいいのに…。
そんな事言えやしないけど。
「それとも今?千波さんのエロい身体は欲しいって言ってるんじゃないですか?」
「…言うか。ビールが温くなる」
孝明の身体を押し戻し千波はビールを煽った。
「つまらない…。もっと反応してくれた方が楽しいのに」
やっぱり孝明はゲーム感覚なんだ。
そうならばその様な反応を返せばいい。
孝明が飽きないように。
でも自分の思いをあけすけにしてはだめだ。
隠して、隠して。
一筋縄でいかないのもいいと言ってただろ。
それでいいんだ。
疑問形でも好きだと言うほど孝明は千波の事は気に入っているはず。
一緒にいられるならこのままでいい。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学