孝明の用意してくれたご飯を食べ、一緒にテレビを見ているけど、全然内容なんて入ってこない。
ミューは寝て、遊んで、を繰り返している。
「おいで」
声をかけるとちゃんと分かるのかぱたぱたと走ってくるのに犬みたいだな、と思ってしまう。
寄ってきたのにぐりぐりと顔を撫でてやると満足そうな顔に思わず笑ってしまう。
猫って呼んでも来ないのだと思ってたけど。
「猫ってもっと気まぐれだと思ってたけど…」
「いや、普通はそうでしょ。この子は呼ばれていけば撫でてもらえるのが分かってるから来るんだと思います」
「そうなのか?」
自分から頭をこすり付けて来るミューをさらに撫でてやれば喉を大きくゴロゴロと鳴らしている。
「動物…飼った事なかったけど…可愛いな」
「電話かかって来た時は驚きましたけど。おまけに生まれたての手のひらサイズで小さかったし。あっという間に手の平からはみ出しましたね」
「…大きくなってるんだ」
「早いですよ?小さくて可愛いのなんて一時です」
がぶがぶとミューが孝明の手を噛んでいた。
「噛んでる!」
「歯が生えてくるから痒いんでしょう。そんなに噛み癖もないと思いますけど」
「そう?」
本当によく知っている。
「それよりも千波さん?テレビなんか見てないでしょう?」
「…見てる、けど?」
「…嘘つかなくたっていいでしょうに」
はぁ、と孝明が溜息を吐き出したのに千波がソファから立ち上がった。
「どこ行くんです?」
「…片付けようかと」
テーブルにはまだ皿があった。
「ホントするりと逃げようとするんだから…。そんなの後で俺がします」
「いや、用意もしてくれたのに!」
「いい、と言ってるんです」
やば…孝明のスイッチが入ったらしい。視線が強くなった。
「大人しくいい子で待ってましたけど…?後で、って言ったでしょう?ミューの世話して、飯の支度して…ご褒美いただいてもいいですよね?」
立ち上がった千波の腕を孝明が掴む。
勿論嫌なはずなんかない。
余裕を見せろ。
…なんてそんな事言ったって経験値のない千波には平気な顔を作るのだけで手一杯なのだが。
孝明が立ち上がり千波の寝室に向かう。
「来週から俺いないですから数学研究室には籠もらないで下さいよ?」
「……考えすぎだろう?」
「いいえ。そんな事ないです」
孝明が断言するのに千波は溜息を吐く。
「生徒には満面の笑みなんか見せるし。俺なんか見た事もないのに…」
「ああ?」
千波のパジャマ代わりに着ていたスウェットを孝明が脱がせながらぶつぶつと呟いている。
「俺にはいつも作った顔ばかりでしょ」
「…そんな事はない」
「ああ…寂しそうな時とかはそうですね。でもそれも一瞬ですぐに表情消すでしょう」
…悟られたくないから当たり前だ。
孝明にだけが特別なのに。
「でも千波さんの達く顔見てるのは俺だけですよね?」
「そ!そういう事を言うんじゃないっ!」
「どうして?俺だけが特別って思いたいですから。キスも全部…俺だけですもんね?」
……やっぱりそこを知られてるのはどうにもばつが悪い。
「お前は散々遊んできたんだろう?」
「…否定できませんけど。今は千波さんだけです」
「どうだか」
「本当ですよ?」
言葉遊びみたいだ。
千波にとって孝明はすでに特別である存在になっているのに、孝明の軽い言い方に対抗してしまう。
こんな事競っても仕方ないという事は分かっているけれど。
千波はまだ服を着たままの孝明に触れた。
「脱げ」
「ご随意に」
くすりと孝明が笑うのにかっと顔が赤くなる。
「こういうとこはすっげ可愛いですけどねぇ」
孝明がくすくす笑って千波の耳にキスしてくる。
どうしてこう、孝明の言い方は軽く聞こえてくるんだろう?
千波を軽くあしらっているからだろうか?
それに千波が何も言えずにいれば孝明がすらりと自分も着ているものを脱ぎ始める。
割といい身体をしてるんだ。
背も高いしもてないはずないのに。
「千波さん」
千波は孝明の首に自ら腕を絡ませた。
初めて自分から…。
好き、と一応言葉は貰った事になるのだろうか?
なんか微妙な気もするが今ここで孝明が千波を抱こうとしているのは本当の事だ。
それでいい…。
待ち構える官能に千波は抗う事なんか出来なかった。
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