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泡立つ波。 8

 「ありがとう」
 「いいえ~」
 岳斗くんからCDを受け取って帰ることにする。
 「今度岳斗くんもウチに来て?」
 「いいですか!?」
 「勿論。きっとミューがでかくなってて驚くと思うよ?」
 「行きますっ!」
 どうせ孝明はもう来る気もないようだしいいだろう。

 「じゃあ千尋にもよろしく」
 「はい!千波さんもまた来て下さいね!今度は千尋先輩いるときに!」
 「……いや、俺的には千尋はいないほうがいいな…。岳斗くんの方が話しやすいし」
 「え~?兄弟なのに?」
 「そう。千尋と俺が二人でいたって無言のまんまだよ?」
 あはは、と岳斗くんが笑う。
 屈託のない笑顔に千波も顔が自然に綻んだ。

 岳斗くんと会って思わぬものを手に入れたと千波は急いで部屋に帰ってさっそくPCにCDを入れて聴いてみる。
 高校生の時の孝明の声…。
 歌声だからかなんとなく違う感じがしないでもないけど…。
 その時後ろからなんか変な音が聞こえた。

 「ミュー…?」
 床に頭を下げて咳き込むようにしている。
 「ミュー!?どうした…!?」
 慌てて千波はミューに駆け寄った。
 苦しそうに咳き込むようにしてそれから吐いたのに千波は真っ青になって震える手で携帯を持った。
 かける相手は一人だった。
 『もしもし?』
 「孝明!ミューが!ミューが!」

 『どうしました!?』
 「吐いたんだっ!どうしよう!?病院行った方がいいのか!?どうしよう…病気だったら…」
 『………ミューは元気ですか?ぐでっとしてませんか?』
 そう言われてミューを見るとミューは何事もなかったかのように毛づくろいをしている。
 「え?ああ、…たぶん…普通っぽく…見える。ぐでっとはなってない…」
 吐いた当人はそしてまた普通にしてぽこぽこと走ってた。
 『吐いたのの中に毛玉ありますか?』
 ティッシュで床を拭きながら見てみると確かにあった。
 「…あった」
 『じゃ心配ないでしょう。毛玉溜まると吐き出しますから』

 「…ああ、うん……」
 冷静になってくると思わず携帯を握り締めてかけた相手が孝明で、ほぼ1週間ぶりの声だ。
 会いたい…。
 来るって言ったのに、全然来ないじゃないか。
 「…ごめん…忙しいのにこんな電話で…切るよ」
 『別に忙しくないからいいですけど?』
 「…………」
 じゃどうして来ない?
 忙しくなかったら来ればいいのに…。ああ、別に来たくもないんだな…。

 「…悪かった」
 声が震えてくる。
 『千波さん?』
 「何でもないっ!こんな事で電話して悪かったっ」
 途中でひくっと声がひっくり返った。
 そしてぶちっと通話を切った。
 バカだ。

 来たくなければ来ないんだ。当たり前だろう。
 一週間いつ来ると連絡が来るかと待っていたのに全然来なくて。
 ミューが吐いたりしなかったら自分から電話もしなかったけど…。
 忙しいんだと思ってたのに、忙しくない、なんて。
 バカだ。
 それなのに高校生の時の孝明の声の入ったCD貰ってきて?
 バイトだって全然知らないし、大学だって何時に終わってるかも知らない。
 何も知らないのに。

 「く…」
 涙が浮かんでくるのに千波は眼鏡の脇から指で眦を拭った。
 バカなだけだ。
 ミューがとことことやってきてどうしたの?という表情で千波を見あげる。
 「ミュー大丈夫か?」
 全然具合悪いようには見えないけど…。
 ミューを抱きしめてミューの温かい身体に顔を埋めた。

 「お前、温かいな…」
 ちょっと寂しいだけだ。
 岳斗くんの幸せそうな顔に当てられただけだ。
 ほら、もう孝明なんて千波の事などどうでもいいんだ…。
 電話のかけ直しもないんだから…。
 「ミュー…」

 PCから孝明の若い声が流れている。
 歌詞が…俺だけでいい?俺だけを見て?
 誰が歌詞を書いたか知らないけど、本当にそうだ。
 「俺にはミューだけ、なのかな…?」
 眦を何度も拭う。
 本当にバカみたいだ!
 なんで男の事で自分が泣かなきゃないんだ。

 みっともない。
 ………でも素直な岳斗くんなら涙も我慢なんかしないのだろうか?
 自分と比べるわけじゃないけれど、きっと素直に自分を出すのだろう。そして千尋が受け止める?
 だからあんなに綺麗に笑っていられるのだろうか?
 作ってばっかりの自分になどあんな綺麗な笑顔なんか出せるはずがない。
 「ミュー…」
 ミューがざらりとした舌で千波の頬を舐めた。
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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