メールが入っていた。
家に着いたらメール下さい、と。
…やっぱり今日は孝明は来ていないらしい。
ちょっとがっかりしながら電車に乗った。
いつもよりもちょっとだけ早い時間。
今日は孝明が来ていないからミューは寂しいだろう。
………いや、ミューだけじゃない。
はぁ、と溜息を吐きながら電車を待っているとチリ、と千波は背中に強い視線を感じた。
なんだ?と思って振り向いたけれど人が多くて特定できない。気のせいだろうといつもの様に自分の駅で降りた。
一つ前の駅で降りれば孝明のアパートにいける駅なんだけど…。
孝明は自分のアパートにいるのだろうか?
本当は別の所?
わざわざあんな言い方して…。
絶対確かめになんて行くもんか!
千波は大またで自分の部屋に向かった。
ミューがお腹すかして待っているから。
ミューの事を思えば心はほっこりとしてしまう。
公園を通るたびにあの日ミューのか細い声を拾えてよかった、と思ってしまう。あの日ミューの消えそうな声を千波が拾っていなかったらミューはいなかったし、孝明ともこうなっていなかったかもしれない。
ミューがいたから今があるんだ。
そのミューが待っている、と千波は足を早めた。
「……?」
やはり背中に視線を感じて一瞬足を止めた。
そして今度は後ろを窺いながらゆっくり歩く。
遅い時間帯でもないし誰か人がいるだけだよな?
女でもないし、と千波は一応気にしながらも人通りもあるし気のせいだ、とそのまま自分の部屋まで足早に向かった。
鍵を開けて部屋に入り、すぐに鍵を締めた。
ミューがいつもの様に玄関で座って待っている。
「ミュー…ただいま」
いつもと変わらないミューに安心して溜息が漏れた。
これで孝明がいればもっと安心できたのに。
ミューを抱き上げ、携帯を出して、孝明に着いた、とメールするとすぐに電話がかかってきた。
『おかえりなさい。早かったですね』
「うん」
孝明の声にほうと溜息が出てしまった。
『…どうかしましたか?』
「え?いや、…別に?」
本当に誰かに見られてたかどうかも分からないのに何となく不安だった、なんて女みたいなことわざわざ言うのもおかしい事だ。
『…何か心配事でも?』
「いや、……」
『千波?』
何となくまだ呼び捨てにされるのが落ち着かないし、電話で耳元で名前を呼ばれるのにもどきりとしてしまう。
「別に、って言ってるだろ?」
そう言い訳するように言いながらミューを床に下ろした。
『あなたが別に、って言ってる時は別に、って思ってない時でしょう?』
「そんな事ない。ミューがご飯って鳴いてるから」
落ち着かなくて言い訳のように言えば孝明が溜息を吐き出した。
『寝る前にも電話入れますのでメールくださいね』
「いい、よ…なんか知らないけど…忙しいんだろ?」
『それ位の時間はあります』
孝明の後ろからは何も音が聞こえない。外ではないようだし、やっぱり自分の部屋?
「…わかった」
千波だって声が聞けるならその方がいいに決まっているので、そこは素直に頷くと孝明がふっと笑ったのに気付いた。
『では後で…』
「…うん」
切れた電話に問いただしたくなる。
今、なにしてるんだ?…と。
にゃー!と鳴きながら千波の足にミューが頭をこすり付けていた。
「お腹すいたよな?今あげるよ」
よしよしとミューを撫でてミューにご飯。
それから自分の分を軽く作って一人でもそもそと食べる。
「…うまくない」
昨日までの幸せな気分がなくなっている。
「……責任取れよな」
思わず孝明に罪をなすりつけてみた。
悪態ついたって、嘘ついたって、見栄張ったって、この空虚感はなくならない。
これをなくせるのは孝明だけなんだ。
高校を卒業してずっと一人でいた。
もうすぐ10年になるところだったのに、今更こんな気持ちになるなんて。
帰ってくる間に感じた不安感はどこかに消え、苛立ちににも似た感情が浮かんでくる。
…言ってくれればいいのに。
何も教えてくれない孝明にもどかしい思いが湧く。
千波がこんな風に思ってるなんて知っているのだろうか?
でも一緒にいるため、って言っていたことが千波の心にほんの少しだけ安心を与えてくれる。
そう言っても、何がどうして、そうなるのか千波には皆目見当もつかない事だが。
「…困るよな?」
ミューが玄関に孝明をだろう、確かめに行った後千波の膝に乗ってきた。
甘えるように撫でて?と顔を上げるミューの顔を千波は笑みを浮べてよしよしと撫でた。
テーマ : 自作BL小説
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