4 泰明(TAIMEI) 五十嵐をよく見るようになった。
…と思う。
いや、見るようにというか、視線が向くように、か?
あの、婚約式の時の俯いたまま小さくなっていた五十嵐の姿がどうしても泰明の頭から離れない。
学校では顔を俯けている所なんて見た事ないのに。
ああ、一度だけ泣き出しそうな顔を見た事あるか…。
泰明はちらと廊下ですれ違った五十嵐を見た。
移動教室か?
教科書筆記用具を手にしているが五十嵐は一人だ。
去年までは周りを取り巻きが囲っているような感じだったのに…。
その時2年生が余所見をして五十嵐にぶつかると華奢な五十嵐はよろけて手にしていたものを落としてしまった。
筆記用具の中身も全部ぶちまけられる。
「わり…なんだ、五十嵐か。お前もう一番じゃねぇし」
ははっと笑いながら隣のクラスの奴らが落とした物を拾う五十嵐を手伝う事もなく行ってしまうのに泰明は憤慨を覚えた。
そして泰明の足元まで転がってきていたシャーペンや消しゴムなど拾ってやる。
こいつは高校に入ってからあんな事いつも言われてるのか?
勝手な事を言われて泰明の方が嫌悪感を浮べたが五十嵐は何事もなかったような態度。
「…ありがとうござ…」
差し出した拾った物に顔を見ないで礼を言う途中、五十嵐が顔を上げ泰明だと気付いたのかはっとした表情をした。
ああ、ちゃんと泰明の事はわかっているらしい、と今まで目も合わせなかった五十嵐の驚いた表情にちゃんと自分を知っているんだ、と妙な安堵感が浮かんだ。
「……いつもあんななのか?」
「…………何が?」
つんと五十嵐の何事もなかった事にするらしい態度に泰明はどこか落ち着かなくなる。
強がっている、のだろう。
必死に自分を透明なガラスで囲っているようだ。
でもそれがすぐ壊れそうな位薄く感じてしまう。
「…ありがとうございます」
もう一度五十嵐はそう言って泰明から物を受け取り、そして何事もなかったようにして去って行った。
目線が大分下に感じた。
肩も細い。
こんなに華奢だったのか?と初めて間近で見た五十嵐に泰明は自分でも訳の分からない感情が渦巻く感じがした。
「六平、お姉さんが五十嵐の兄と結婚?」
「そうみたいです」
一条会長から聞かれたのに他人事のように泰明が答えた。
生徒会の役員会の後で、片付けをしながらの会話だった。
「………あれでいいのか?」
「さぁ?本人が夢中らしいですよ」
はぁ、と会長が溜息を吐き出した。
「傍目にはな…よくみえる、かもな…」
会長がそんな事を言うようではあまり誉められた人物ではないらしい。
「うちの姉はおっとりしてますしまぁ、いいんじゃないですか?」
「あれの父親よりはまだましだろうけどな」
ああ、と泰明も頷いた。
「会ったか?」
「ええ。婚約式の時に」
会長が肩を竦めた。
「どうせ話題は式についてじゃなかったんだろう?」
「まったくもってその通りです」
しっかり会長は分かっていらっしゃるらしい。
「五十嵐…って…1年の?」
話を聞いていた二宮副会長が珍しく眉を顰めていたのに会長がそれを見て苦笑している。
何かあったのか…?
泰明は少しばかり気になったが、五十嵐の事でそんなに気にするのもおかしいか、と無関心を装った。
そこにノックの音と一緒に1年の柏木と三浦が現れた。
「和臣!終わった?」
「ああ。帰るぞ」
会長の顔が少し崩れる。
「ゆき、お疲れ」
「…ああ」
副会長の方も眼鏡に手を添えながら仄かに頬を紅く染めている。
…分かりやすい人達だ、と泰明はふっと笑いたくなる。
今までこの二人のこんなに変わる表情を見た事なかったけれど、まぁ、それがそれぞれ三浦と柏木限定なのだ。
それだけこの二人が会長と副会長にとって特別だと分かりやすい。
そしてそんなに人を好きになるものなのか、とも思ってしまう。
この会長でさえこれだ。
今まで誰かを好きになるなんてなかった泰明はちょっと羨ましくもあった。
…相手が男だけど。
まぁ、ここ秀邦じゃ珍しくもないか、とも思う。
「ではお疲れ様でした」
片付けを終え、泰明は荷物を持って会長に頭を下げると泰明は他の役員らと共に生徒会室を後にした。
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