10 駿也(SYUNYA) クリオネを見てみたかったのにいなくて残念に思っていたら冬にまた連れて来てくれるという。
イルカのぬいぐるみを渡されて…。
六平はどういうつもりなんだろう?
駿也はぎゅっと胸に収まるイルカを抱きしめた。
帰りの電車を待つ駅でイルカに駿也は顔を埋めていた。
「魚達は幸せなのかな…?」
六平に返事を求めたわけじゃなくただぽつりと呟いただけだった。
人に飼われて限られた水槽にしかいられなくて…。
与えられる餌に縋って、他の世界を知らない。
…まるで自分のようだ。
「どうだろうな…」
六平が小さく返事を返してくれたのに駿也は顔を上げた。
でもまたすぐに顔を俯けた。
電車に乗り、駿也の家の近くの駅の方が先な為、電車で六平と別れ一人で駅に降りた。
ありがとう、と言えなかった。
楽しかった、とも言えなかった。
かろうじてイルカのぬいぐるみにだけありがとうは言えたけれど、それ以外は全然何も言えなかった。
ずっと六平は駿也のしたいようにさせていてくれたのに…。
入場料も何も払ってないのに…。
買ってもらったイルカをぎゅっと抱きしめた。
イルカに触らせてくれたのも六平が申し込んでくれて、だ。
楽しかった、と思う。
今まで生きてきた中で思いがけず一番楽しい日曜日だった。
六平のおかげで…。
明日学校で会った時に昨日はありがとう、と言えばいいんだろうか?
家に帰ると誰もまだ帰ってきていなくてしんとしているのにほっとする。
家ではこれが一番落ち着くのに…。
自分の部屋にそそくさと入ってそしてベッドに横になった。
イルカはずっと抱きしめたまま。
そういえば誰かにこんなプレゼント?を貰うのも初めてだ。
じっとイルカを持ち上げて見てみる。
つぶらな瞳。
本物のイルカを思い出して思わず顔が緩んでくる。
可愛かった。
イルカと握手したり戯れている間、六平は近くでただ見ていただけ。
それでもその六平の顔に面倒だ、とかそんな表情は見えなかった。
ただ微笑ましそうに駿也とイルカを見ていた。
そしてわざわざ駿也を待たせてこのイルカを買って来てくれたんだ。
ふとショーの時に水飛沫を庇ってくれた時の事を思い出した。
それにアザラシを見て目がそっくりだと笑っていた所も思い出す。
それに…、可愛い、と言った時の六平の顔も…。
駿也はぎゅっとイルカを抱きしめた。
あ……。
学校の廊下で六平を見かけた。
どうしよう…?
昨日はありがとう、と言った方がいいのだろうか…?
「おい、五十嵐だぞ?」
「今は三浦だろ」
すれ違い様にそんな声が聞こえて駿也は顔を俯けたくなったがそうはしないで顎を突き出した。
ああ、こんな俺が六平に近づいたら迷惑か…。
駿也はちらとだけ六平を見て、そしてついと視線をそらすと自分の教室に向かおうとした。
生徒会の役員もして一条会長から信頼されているだろう六平に自分みたいなのが近づいたら何を言われるか…。
ぐっと駿也は奥歯を噛み締めた。
それなのに六平が駿也を見ているのが分かった。
昨日は隣にいたのに、学校では違う。
心が何故か寂しいと訴えた。
何故?
あんな事言われるのだって普通なのに。
慣れているはずだろう?
…きっと昨日六平が優しくしてくれたからだ。
こんな自分なんかに。
思わず楽しいかった、なんて思ってしまったからだ。
「五十嵐」
それなのに六平が近づいてきて声をかけてきた。
「…何?」
「いや、靴紐、解けかかっている。危ないから」
え…?と上靴を見れば本当だった。
「結びなおしてやろうか?」
「……それ位自分で出来るけど?」
六平は一体何を考えてそんな事を言うのだろうか。
「……俺に話しかけないほうがいいんじゃないの?」
「…何で?」
ぼそりと小さく駿也が言った言葉に六平が不思議そうにした。
「それより今度は動物園でも行こうか?」
「……行かない」
駿也は屈んで自分の靴紐を結び直しながらつんと答える。
「どうして?俺と仲良くしておいた方がお前はいいんじゃないのか?」
え…?
こくりと駿也は生唾を飲み込んで屈んでいる下から六平を見上げた。
もしかして六平は知ってる…?
駿也が父親と義兄に言われている事を?
「…別に。…俺は頼んでない」
「ふぅん」
興味なさそうに相槌を打ち、そして駿也が結び終えて立ち上がると六平は駿也から離れて自分の教室の方に歩いて去っていった。
…六平は知ってる、んだ。
駿也はきゅっと唇を噛んだ。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学