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会計クンは鷹揚自若 12

12 駿也(SYUNYA)

 いつもの事…。
 高校になってから駿也をあざ笑うかのような奴らがいるのはいつもの事だ。
 気にするな。
 学校では顔を下げるな。

 ついと駿也は顎を突き出した。
 こそこそとした声がいたるところから聞こえる気がする。
 自意識過剰、被害妄想すぎだ、と自分に言い聞かせた。
 家に自発的に帰りたいわけでもないけれど、こんな中なら誰もいないしんとした家の方がましだ。
 …家に誰かがいればそれはそれで苦痛だけど。

 駅のホームに入って電車を待つ。
 この駅は秀邦の為にある駅といっていいだろう位にホームには秀邦の生徒の姿ばかりが電車を待って並んでいる。

 「っ!」
 どん、と背中を押されて駿也はよろめき、白線の内側に身体が押された。
 「あ…」
 心臓がどくりと嫌な音を立てる。
 ホーム下に落ちる…?
 何も考えないでただぼうっと立っていた身体はいう事を聞かないで、よろよろとよろけ、足が勝手に前に進んでしまう。
 身体が斜めになってぎゅっと目を閉じたその瞬間、誰かが腕を掴んでくれ、身体がぐいと引き寄せられた。

 冷や汗が流れて心臓が驚きでばくばくとうるさい。
 掴んで助けてくれた腕がそのまま駿也の腕を掴んでいてくれているのに駿也は顔をゆっくりその人に向けた。
 「……っ」
 六平!
 腕を掴んでいたのは六平で六平の顔も慌てたような表情を浮べていた。

 「……大丈夫か?」
 六平が囁くように駿也の耳元に聞いてきたのに駿也は小さく頷いた。
 そこに電車が入ってきて、腕を六平につかまれたまま何事もなかったかのように電車に乗り込む。
 「こっちにいろ」
 六平が昨日と同じようにドアの脇に駿也を立たせ、その後ろを守ってくれるかのように立っていてくれた。

 駿也は電車に乗り込むと顔を俯けてしまった。学校では顔は俯けない、と決めていたのに…。
 恐怖を覚えて手が小刻みに震えていた。

 もしホーム下に落ちていたら…?
 ああ、でも死んだ方が楽、か…?

 思わずそんな事まで思ってしまう。
 震える手を口にあて、駿也は震えを治めようとした。
 すると六平が駿也の腕をぽんぽんと軽く叩いてくれる。
 「大丈夫だ」
 後ろから顔を近づけて駿也の耳元に六平が囁いてくれたのに駿也は小さく頷く。
 「深呼吸しろ」
 言われた通りにすぅ、と駿也が深呼吸するその間も六平の手は駿也を安心させるためなのかずっと、とんとんと優しく駿也の腕を叩いてくれた。

 「…もう…だ、いじょうぶ、だ」
 その六平の手を駿也が押さえて小さく言うと六平の手が離れた。
 途端に心細くなるのはどうしてだろう?
 動揺したまま電車に揺られていたが、背中に六平がいてくれると思えばそこは安心出来た。
 もし六平がいなかったらと思うとぞっとする。

 「五十嵐、降りる駅だろう?」
 …え?
 「ほら」
 ぼうっとして全然意識が現実を見ていなかったらしい。
 六平に背を押されるまま駿也は電車を六平と一緒に降りる。
 六平の使う駅はもっと前なはず。もしかしてわざわざついてきてくれた?
 乗り越した分の料金を精算しているのを駿也はまだ呆然としたまま見ていた。

 「五十嵐」
 声をかけられて六平の手が駿也の背中に触れ、そして六平と一緒に改札を出た。
 「どっちだ?」
 「え……と、…右…」
 六平と家まで一緒に歩くのになんで?と疑問符が浮かび、ぐるぐると頭の中が回転している。

 「家誰かいるか?」
 「多分、いない…と…」
 六平が眉間に皺を寄せた。
 「いや、…誰も、いない…方いい…から」
 小さく駿也が呟いて顔を俯けると六平がまた背をとんと叩いてくれる。
 そのまま無言で六平は駿也の家までついてきてくれた。
 …どうして…?

 「……家…ここ…」
 家の門の前で六平と視線を合わせないまま、俯いたままで駿也が足を止めて言った。
 「一人で大丈夫か?」
 そんなのいつでも一人なのに…。
 俯いたままこくりと頷く。
 「朝何時の電車だ?」
 「え…?」
 顔を上げると六平がじっと駿也を見ていたのにどきりとした。

 「朝、乗るの何分の電車だ?」
 「え、と…40分…」
 「じゃウチの駅は45分位だな。3両目に乗っておけ。ホーム側な」
 「え…?」
 「じゃ」
 くるりと六平はきびすを返して行ってしまう。
 「ぁ……」
 声を小さく出したけれどさっさと六平は行ってしまった。

 六平の姿が見えなくなって駿也はぱたぱたと家の中に入り、階段を上って自分の部屋に入った。
 そしてベッドでイルカを抱きしめ、うつ伏せに横になる。
 …ありがとう、とまた言えなかった。
 本当は昨日の事もありがとうと言いたかったのに。
 今日も、六平がいなかったらホーム下に落ちていたかもしれないのに、それなのにありがとうと言えなかった。ありがとうという言葉ですら軽く感じる位なのに、そんな言葉さえ自分は口に出来なかった。

 「ありがとう…」

 六平の代わりに貰ったイルカに向かって言葉を出した。イルカにだったら言えるのに…。
 その拍子に目が潤んでくる。
 弱い自分は嫌いだ。
 駿也はぐっと涙が零れないように目に力を入れ、イルカを抱きしめた。
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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