15 駿也(SYUNYA) 「…なんだ五十嵐って普通」
ぼそりと八月朔日(ほずみ)が低い声で言った。
一体どんな風に駿也の事を聞かされていたのか。
まぁ、別に駿也にはどうでもいい事だ。
「俺に近づかない方いいんじゃない?」
自嘲しながら駿也が言えば八月朔日(ほずみ)がちょっと驚いた顔をした。
髪が短くて見るからにスポーツ選手という感じだ。でも高跳びの選手だからか、背は高くともいかつい所はない。
そして八月朔日(ほずみ)は何も言わないで自分の席に戻った。
なんだろう?今の会話からすると八月朔日(ほずみ)は七海さんの事が聞きたかったのか?
…よく分からない。
だがそれも駿也にとってはどうでもいい事だ。
今日は移動教室もなくホームルームを終え、六平に勝手に帰るなと言われたのでそのまま自分の席で待った。
本当に六平は来る?
「じゃあな五十嵐」
八月朔日(ほずみ)が駿也の背をトンと叩いて教室を出て行った。
部活なのだろう。
すると入れ違いで六平の姿が廊下に見えた。
「ぁ…」
来た。
駿也はそそくさと鞄を持って教室を出ると六平がくすと笑う。
「悪い。待たせたか?」
駿也はただ小さく首を振りながら廊下を歩く生徒が自分と六平の事を気にしているのが気になった。
けれど、その六平は全然気にならないらしく、顔を駿也の教室に覗き入れてきょろりと眺めた。
「……何?」
「いや、行くぞ」
何か、いや、誰か探していたのだろうか?
とん、と六平に背中を押されると心臓がどくんと跳ね上がった。
「?」
なんだ?今の?
さっき八月朔日(ほずみ)に同じ事されたときは何とも思わなかったのに…。
じっと隣を歩く六平の顔を見上げていると六平がくるりと駿也の方を向いたのにまた心臓が跳ねた。
「…なんだ?」
六平を凝視しすぎていたのだろう。そう六平に聞かれて慌てて駿也は頭を横にぶんぶんと振った。
かっと顔も熱く感じて思わず駿也は顔を俯けてしまう。
なんだコレ…?
なんでこんなに動揺してる?
「五十嵐」
六平が駿也を呼びながら肩を掴んできた。
歩いていた廊下で駿也が他の生徒にぶつかりそうになったのに六平がそれを庇い、そして端に寄せてくれる。
たったそれだけのなんでもない事…。
なのに六平の大きな手が肩にかかっただけで身体がびくんと反応してしまった。
すぐに六平の手が離れたのに思わず駿也はほうっと息を吐き出してしまう。
駅まで歩くのも六平は無駄な話もしないでずっと無言だ。
そして電車が来て乗り込む時にまた六平の手が駿也に伸びてきてドアの脇に駿也を立たせるとその後ろにまるで守るように立つ。
六平がすぐ後ろに立っている背中が熱い。
じとりと汗が流れそうになってくるし、心臓がざわついて落ち着かない。
じっと六平の視線を後ろから感じていた。
気が六平の方にばかり向いて、いつも大きく電車が傾くカーブで準備をしておらずに思わずぐらりと駿也の身体がよろけてしまうとすかさず六平の腕が駿也の身体を掴まえてくれた。
「ちゃんと掴まっていろ」
くすと笑われて言われたのに、毎日乗ってるのに何してるんだ、と駿也は顔を俯けて手すりに掴まった。
六平の声が近い。体温も。
そして駿也の心臓がうるさい。
はっとして駿也は後ろを振り返って六平を見上げた。
「…なんだ?」
「ぁ……いえ…なんで、も…」
かっと顔が赤くなったのが自分でも分かると六平が目を見開き、そしてまたくすりと笑っていた。
なんだ…これ…?
こくりと息を飲み込んだ。
「五十嵐」
「…ぁ…な、に…?」
六平が電車に乗っている他の人の迷惑にならないようにと顔を寄せてきて小さく呼ばれたのに駿也の声が掠れそうになってしまう。
電車には秀邦の生徒も多いが一般客もけっこういる。
「土曜日は?何か予定は?」
「……何、もない」
「じゃあ、どこか行くか?」
「い、いいっ」
慌てて駿也が答えると六平が眉間に皺を寄せた。
「なんで?なんも予定ないんだろ?じゃあいいだろう?」
「…予定はない、けど…いい…」
「ないなら10時位に迎えに行くから」
いい、と言ってるのに六平は聞こえないのか、聞こえないふりをするのか。強引にそう言われてしまうと駿也は何も言えなくなってしまう。
そして駿也が降りる駅よりも前な六平が降りる駅に着いたが六平は降りる気配がない。
「あ、の…降りるトコ…」
「ん?ああ。別にいい」
いい、じやなくて、と駿也は六平がわざわざ駿也の為に乗り越してくれるんだ、という事に眩暈がしそうだった。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学