16 泰明(TAIMEI) さっきからずっと五十嵐は落ち着きがないみたいだ。
それにずっと顔が赤い。
泰明は五十嵐にも神経を向けていたが周りの秀邦の生徒にも気をつけていた。
五十嵐を教室まで迎えに行ったときに昨日の奴がいないかと思ったが五十嵐のクラスではないらしい。
それにはちょっと安心した。
五十嵐のクラスは1年でも1クラスだけ離れているから普段は気にしなくても大丈夫かもしれない。
今日は泰明が一緒だからか、駅のホームに着いても昨日の五十嵐の背中を押したヤツの姿は見えない。
直接手を出したのは一人だったが、そいつと一緒にいたのがあと二人いたのを泰明は昨日五十嵐を掴まえた時に目で確認していた。
このまま何もなければいいのだが…。
色々考えながら目の前で顔を俯けて背中を向けている五十嵐を後ろからじっと見た。
どうしたって項に目が引き寄せられてしまうのに泰明は頭を抱え込みたくなる。
「ん~~~~…」
思わず唸ってしまうと五十嵐がくるりと振り返って泰明をきつめの大きな黒い瞳で見上げてきた。
「どう、か…?」
「いや、なんでもない」
泰明は苦笑して答えた。
全然今までずっと1学年下の五十嵐が可愛いのなんだのと言われてきたけれど男にカワイイなんて馬鹿らしいと泰明はずっと思っていて、特別五十嵐を気にした事はなかったがコレは確かにカワイイと思う、と今更ながら納得した。
ずっと見かけてはいたが、どこかつんとしたイメージだったし、周りにちやほやされてタカビーなんだと思っていたが、どうも違うらしいのも分かった。
水族館での事を思い出せばあの笑った顔がもう一度見たいとも思ってしまう。
……出かけるのは動物園にしようか。
密かに泰明は心の中で決めた。
そうしたらあの飾っていない顔をまた向けてくれるだろうか?
五十嵐の降りる駅になってそっと背中を押すとびくりと五十嵐の身体が揺れた。
どうかしたのか…?
顔を覗きこむとやっぱり仄かに顔が赤くなっている。
「五十嵐?」
「…えっ?…何…?」
「いや…」
熱?
ずっと顔が赤いと思っていたが。
改札を出てから泰明は五十嵐の額に手を伸ばした。
「や!…な、何っ!?」
「…え?いや、顔が赤いから熱でもあるのかと…」
「ないっ!」
五十嵐がさらに顔を真っ赤にさせたのに泰明は目を奪われる。
なんだ?コレ…?
…カワイイぞ?
必死に自分を取り繕おうとしているけど全然なってない。
薄いガラスの防護壁が崩れている感じだ。
そそくさと歩く五十嵐の後ろを泰明がついていく。
五十嵐から何かを話しかけてくることもなく、泰明からも喋らなければ無言のままだ。
別に家まで送ってくる必要はないとは思うが…。
後ろから歩く姿も見ても華奢だな、と思ってしまう。
そういえばサッカー部の阿部とその仲間の奴等と噂があったはずだが、本当なのだろうか…?
高校になってからは全然阿部達といるところは見た事はなかったが、去年は確かに何度か目にしていた。
阿部はもういないけど、五十嵐はいったいどう思っているのだろうか?
そしてふっと苦笑を漏らしてしまう。
人の事などどうでもいいのに五十嵐の事を気にしすぎている。
気にしすぎている自分が信じられない位だ。
「じゃあ明日の朝も同じ時間の電車な?」
「え……あ、…」
五十嵐の家の前に着いたので泰明がそう言えば五十嵐が慌てたようにしてそして小さくこくんと頷く。
「じゃあ」
泰明は五十嵐の返事もまたず来た道を帰っていく。何度も五十嵐が何かを言いたそうにして言葉を飲み込んでいるのが分かったが、五十嵐は言葉が不器用なのだろうと思い、別に気にする事はない。
それにこんな事をしているのも元々五十嵐から頼まれたわけでもないのだ。
木曜も金曜も同じように行き帰りは一緒にしたがやはり会話はなく、ただ五十嵐が落ち着かないのだけがエスカレートしていくようだった。
そして土曜日。
迎えに行くと言ったのは一度きりだったが出かける用事はないと言っていたし家にいるだろう。
五十嵐の家のインターホンを鳴らせば裕也さんが出てきた。
「泰明くん。俺も由梨のところに今出るところだったんだけど。…駿也?」
「はい」
ちょっと待ってと裕也さんが階段を上がって行き、そしてちょっとして戻ってきた。
「なんか熱あるみたいだ」
「…え?」
もしかして熱って嘘だろうか?
泰明と出かけたくなくて?
「…俺は由梨の所に行かなきゃないし…泰明くん申し訳ないけど、駿也ちょっとお願いできるかな?」
嘘くさい裕也さんの笑顔だが、熱というのは嘘じゃない、のか?
「…いいですけど」
「駿也の部屋は二階に上がってすぐ右手の部屋だから。もしなんだったら親は旅行でいないし家の物勝手に使ってくれていいよ」
「……分かりました」
裕也さんはそう言って外出し、代わりに泰明は靴を脱いで勝手に五十嵐の家に入ると階段を上がっていった。
テーマ : BL小説
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