17 駿也(SYUNYA) ぎゅっと駿也はベッドの中でイルカを胸に抱きしめていた。
六平がそういえば出かけるから迎えに行くと言ってたんだと思い出す。
でも動けない。
まさか熱あるのに出歩くなんて出来ない。
…残念、と思ったら部屋のドアが開いた。
また義兄?
さっきも六平が来た、と来たけど、あんまり義兄と顔を合わせたくはないんだけどな…、とまた何か言われるのだろうかと駿也は身構えた。
「五十嵐?」
「…え!?」
声が…。
まさか…?
「…大丈夫、か?」
駿也はどくりと心臓が大きく鳴ってさらに熱が上がってくる感じがした。
「だ、だい、じょうぶ」
「裕也さんに勝手に入っていいって言われて入ってきたけど?」
「…あ、…う、ん…」
駿也の部屋に静かに入ってきたのは驚いた事に六平だった。
頭がぐるぐるして何を考えていいのか分からなくなって駿也は寝てたままイルカをぎゅっと抱きしめた。
そしてそのイルカを六平があまり大きくない目を大きく見開いて凝視していたのに気づいて駿也はさらにかっとしてしまう。
「あ、…の…」
くすと六平が笑って駿也ベッドに近づいてくると手を駿也の額に伸ばしてきた。
「…熱いな…」
「…だい、じょうぶ」
それでもイルカが手放せない。
ますますぎゅっと抱きしめた。
「…………イルカが苦しそうだけど?」
「…へ?」
「……もっとでかいの買ってやるんだったな」
「え、い、い、いい…」
くすと六平がバカにしたのではない笑みを浮かべた。
「今度な」
今度って…。
ベッドの中から駿也は六平を伺うように見た。
「裕也さんは出かけた。…誰もいないんだろ?」
「え?…あ、…でもそれはいつもだし、…普通だから…別に」
六平は駿也の机から椅子を引っ張ってきて駿也の寝ているベッドの脇に座った。
「熱あって普通にもなにもないだろ。ああ、タオル濡らしてきてやるか?裕也さんに勝手に使っていいって言われたから」
「い、いいよっ!平気」
「平気なわけあるか。ちょっと待ってろ」
「あ…っ」
そのまま六平は帰ってしまわないだろうか?
思わず心細い声が出てしまうと六平が駿也の頭を撫でた。
「すぐ戻ってくるから。勝手に家の中漁るぞ?」
そう言って六平が駿也の部屋を出て行くけど、なんで六平の姿にほっとしているのか。
自分の部屋に六平がいるのにどきどきしたけれど違和感はなかった。
この一週間ほぼ朝と帰り一緒にいたから…?
廊下でもすれ違うと必ず視線が合ったし。
それが自分の部屋に…。
ぎゅっとイルカを抱きしめれば六平に苦しそうと言われた言葉を思い出して腕を緩めた。
言ったとおりに六平はすぐに戻ってきた。
「いいのかな?勝手に借りてきたけど」
「いい、よ。基本別に何も言われないし…。六平になら何も言わないと思う」
六平はああ、とふっとバカにしたような笑いを浮かべながら持ってきた水の入った洗面器に入ったタオルを絞り、駿也の額に置いてくれた。
六平がバカにしたのは駿也ではなく父達のほうにだ。
やっぱり六平は分かっているんだ。
「…冷たい…気持ちいい…」
「だろ。いるから眠ってていいぞ?」
「…え?でも…」
まさか、と思いながらも目が熱で潤んでいるのも本当だった。
「本多いな?借りても?」
「え?ああ、…もち、ろん…いい、けど…」
六平は本棚から駿也の本を取り出して椅子に座って読み始める。
ページをぺらりと捲る音が駿也に安心を与えてくれた。
誰かの存在を感じるなんて…この家ではなかった事だ。
それなのに安心出来た。
だって六平は水族館に連れて行ってくれてイルカを買ってくれた。
駅でも助けてくれた。
ここ1週間ずっと六平といる時間が多かった。
電車でもずっと後ろについていてくれて。
何故か六平の傍は安心出来る。
…どきどきはするけれど。
あっという間に六平は駿也の中に入ってきた気がする。
イルカを抱いたままなのはこの1週間はもうずっとだ。帰ってくるとずっとイルカを抱いたまま…。
だって安心するから…。
イルカを抱いていると水族館での楽しかった時間が思い出されて心が温かくなった。
ちらとベッドから本を読んでいる六平を何度も何度も見た。
なんで六平はこうしていてくれるんだろう…?
少しは気にしてもらえている、と思ってもいい、のだろうか?
六平は今まで駿也に群がっていた誰とも違う。
だって六平は普通なんだ。
おだてた事だって言わないし、それなのに当然のようにして守るみたいにしてくれるのはどうして…?
はたと、六平の姉と義兄が結婚するからだろ!と駿也は自分に突っ込んだ。
バカだな…。
でもわざわざ六平が自分の時間を潰してここにいてくれているのは本当なんだ。
静かな部屋にかさりという六平の存在を示す紙の音が響くのにいつの間にか安心して駿也は目を閉じていた。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学