18 泰明(TAIMEI) 寝たか…。
しばらく五十嵐の落ち着かなさそうな気配と視線を感じていたけれどそれがなくなり、すうと浅いながらも規則正しい寝息になったのにそっと本を置いて、五十嵐の額のタオルをかえてやる。
すぐにタオルが温くなる位熱が出ているのは心配だが、くすとイルカをずっと放さない寝姿に思わず笑みが浮かんでしまう。
イルカのぬいぐるみを抱っこしながらって…。
男子高校生じゃないだろ。
でも似合うんだから困ったものだ。
タオルを替え、そのついでに五十嵐の頬をなぞった。
その肌は滑らかで思わずずっと撫でたくなってしまう。
普段はキツイ眼がさっきは縋るような色を見せた。
部屋をみれば閑散としていて余計なものなど何もない。
本だけはいっぱいあるが、出かけないという五十嵐は時間つぶしにでも読むのだろう。
家に五十嵐の居場所はない…?
家族の前で終始顔を俯け、小さくなっている姿を思い出せば泰明は眉間に皺がよってくる。
眠っている五十嵐も難しいような顔をしていて、頬をやんわりと撫でてやれば表情が和らいだ。
う~~~ん…
やっぱ、これはどうもマズイ気がする。
そっと泰明は五十嵐から手を離して椅子に座った。
この1週間電車でも眼を惹かれるのは多々あったが…。
いっそ人を気にしない泰明がこんなに誰かを気にするなんてありえない事だ。
もう一度本を読もうとして手にとったがどうしても集中に欠けて字が入ってこない。
諦めて本を置き、泰明は眠っている五十嵐をじっと見た。
勝気なつんとしたイメージの強い目が閉じられているとやけに幼く見えてしまう。
いや、イルカのぬいぐるみを抱いてるからだろ?
ずっと抱いたままだ。
そんなに嬉しかったのだろうか…?
五十嵐のこんな姿見せられたらどうしたってヤラレないわけがない。
熱で少しばかり息が苦しそうではあるけれど熱だけらしいのでとりあえず熱が下がれば安心か?
そしてまた泰明は頭を抱える。
ずっと五十嵐の事しか考えていないだろう?
ここ1週間ずっとだ。
思い出すのは水族館での見た事のない笑顔だったが、そこにこのイルカを抱いた寝顔がプラスされるようになるのは間違いなさそうだ。
自分が買ってやった物をこうしてずっと抱きしめて寝てるなんて…。
……カワイすぎる。
そのくせ五十嵐はこんなカワイイ所を学校でなんかおくびにも出さないでつんとしているんだ。
水族館での屈託のない笑顔だって学校でお目にかかったことなどない。
もしかしてあれが素なのだろうか?
いつも薄いガラスに覆われていると感じたのは間違っていないようだ。
薄い壁が水族館の時も、そして今もない。
泰明はじっと五十嵐を見ていた。
何度も時間をみてタオルを変えてやりその度に頬を撫でた。
いや、熱を確かめるためだ!
洗面器の水がすでに温くなっているのに替えてこようと立ち上がると泰明は五十嵐の部屋をそっと出た。
何か飲み物を飲んだ方いいかな、と恐る恐る勝手に人んちの冷蔵庫を開けてみるがほとんど何も入っていないのに眉を顰めた。
仕方なくコップをかりて氷を入れミネラルウォーターを注いだ。
洗面器の水を零さないようにと気をつけながら階段を上っていくとくぐもった声が聞こえてきた。
起きたのか…?
コップも持っているので洗面器を一度下に置いてドアを開けると呻くような声が聞こえてきた。
「五十嵐?どうかしたか!?」
慌てて泰明はベッドに近づいた。
「む、六平…?かえ、ったんじゃ…?」
「いや、洗面器の水替えに行ってただけだ、が…」
五十嵐のベッドの脇に腰かけ、五十嵐の目が涙で潤んでいるのにそれを指で拭ってやった。
「どうした?具合悪いのか?」
「ちが……かえ、った…とおも…たから」
泰明が帰ったと思って泣いてた…のか?
「……黙って帰らない。…水飲むか?」
「ん…」
おとなしく五十嵐が頷いたので泰明は五十嵐の身体を起こすのに背中に手を添えた。
華奢な身体。
パジャマ姿の五十嵐にこのまま組み敷きたいという欲が湧いたのに自分でも驚いた。
「水」
「…ん」
欲を誤魔化すようにして五十嵐にコップを渡すとこくりと五十嵐の白い喉が嚥下している。
そこにも凝視してしまいそうになるのに慌てて視線を逸らせ、泰明は五十嵐が水を飲んでいるその間に廊下に置いておいた洗面器を取りに行った。
やばいぞ…?
泰明は自分でも動揺していた。
カワイイ、とは思うようになっていたけど、欲まで、とはさすがに思っても見なかった。
「…うそだろう…」
小さく五十嵐に聞こえないように呟いた。
テーマ : 自作BL小説
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