22 駿也(SYUNYA) 義兄が帰ってきて当然だけど泰明は自分の家へ帰って行った。
駿也の熱も泰明が帰る頃には7度2分まで下がったので身体も大分楽になっていた。
でも泰明のいなくなった部屋がちょっとばかり寒く感じてしまう。
「たいめい…泰明…」
名前で呼んでいいと言われた。
そういえば誰かを名前で呼ぶなんて事もなかったかもしれない。
六平に可愛いと言われて、つい付き合って、と自分から言ってしまった。
なんでそんな事言ったんだろう…。
それがいい案だと自分で思ったから。
でも泰明はなんでそれにいいだろう、なんて答えたんだろう?
駿也は今は学校じゃ誰も相手になんてされないのに…。
泰明は駿也が相手じゃ恥かしくないのだろうか…?
急に不安が駿也を包んでいく。
家でだったら誰の目も気にならないけれど、学校じゃいつでも三浦くんが、とか言われて比べられているんだ。
それに足掻いた時期もあったけど別に今はどうでもいい…。
…というかなんであんなにバカみたいに気にしたのか自分でも分からない位だ。
一方的な思い込みで柏木に付き纏っていたのも今考えればかなり迷惑な話だ。
あの時は何も見えてなかったんだ、と思う。
もし熱が上がったり具合悪くなった時は夜中でもいいから電話をかけてこい、と言いながら泰明は駿也の頬を撫でて帰って行った。
ぎゅっと心臓が苦しくなって、でも嬉しい、と思った。
泰明だけが駿也を気にしてくれている。
泰明は一度だって三浦くんと比べることもしないし言わないし、いつも優しい目か心配そうな目をしているんだ。
でも本当に、いい、のかな…?
阿部にはただヤラれるだけだったのに…、と考えて駿也ははっとした。
キス!は初めて、だった…けど…、自分はさんざん阿部たちにヤラれた身体じゃないか…。
駿也はイルカを抱きしめたままベッドに半身を起こしてさらにぎゅっと力を入れてイルカを抱きしめた。
そうだ…。
こんな使い古しの身体なんて…泰明にまさか…。
安直に付き合って、なんて言ったもののあまりにも考えなさすぎだと駿也は青くなった。
でもきっと泰明だって阿部達サッカー部の事と駿也の事は聞いて知っているはずだ。
そんな駿也を欲しいだなんて泰明が思うはずがない。
でもそれならなんでいいだろう、なんて言ったんだろう?
…きっと泰明は駿也が可愛そうになったんだ。
だって泰明は駿也の家での状況も学校での事も全部知っている。苛められてないか、と聞いてきたのも…。
そしてどこにも行った事なくて水族館にも浮かれていたのだって知っているんだから。
それできっとこのイルカだって買ってくれたんだ。
ついでに駿也の事もきっとちょっと気になっただけなのだろう。
……でも、キスした!
泰明の顔が近くにあったのを思い出す。
それに帰る時も優しく頬を撫でて…。
思い出すだけで心が苦しくなってくる。
いや、自分に都合よく考えすぎだ。
横になって布団をがばっと被ったら携帯がなった。
駿也の携帯が鳴るなんて滅多にないのに。
ドキドキしながら見てみれば泰明からのメールだった。
<ちゃんと早く寝て風邪治すように。おやすみ>
絵文字も何もない業務連絡のようだけど、でも泰明からのメール。
それになんて返したらいいのか…。
分かってる、じゃダメだ。はい、もおかしい。
ぐるぐると考えて結局何も浮かばなくてただおやすみなさい、とだけ返した。
それに自分でがっかりする。
送ってから、今日はありがとうとか、来てくれて嬉しかった、とか入れればよかったんだと気付いた。
でも送った後に今更とってつけたようにメールするのもおかしい。
バカだ、と自己嫌悪に陥る。
泰明相手にもうずっと何も言えていない。
水族館に行ったのだって嬉しかったのに。
駅で助けてくれたのだって、毎日後ろについてきてくれたのだって安心できる、って言いたいのに…。
今日だって熱でなんとなく弱ってたのに泰明が来てくれたから…。
もし一日一人だったらもっと弱くなっていたかもしれない。
何一つ泰明に伝えられていないんだ。
なんで自分はこんななんだろう…?
何をしても上手くいかないんだ。
しようとしても出来なくて…。
だからきっと家も学校も駿也には一人がお似合いなんだ。
泰明もそのうちに…呆れる、んじゃないだろうか…?
そういえば始めは可愛いとか言っていた阿部達も少ししてからはホント可愛くねぇ、とか素直じゃねぇ、とか散々言われた。
泰明にそう思われるのは嫌だ…。
テーマ : 自作BL小説
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