24 駿也(SYUNYA) 「お、は…よ」
電車のドアが開いて泰明が乗り込んできたのに心臓がばくばくとうるさい。
「ああ、はよ。具合は?」
泰明は定位置になっている駿也の後ろに立ちながら駿也の耳元に囁いた。
「もう…だいじょ、ぶ…」
「……また何かあったらすぐ連絡しろ。いいな?」
「う…ん…」
家の者があてにならない事を泰明は分かってそう言ってくれているんだ。
後ろに立つ泰明を振り返って窺う様に見ると泰明と目が合ったのに慌てて駿也は目をそらし前を向くと顔を俯けた。
学校の駅で降りるといつも駿也からちょっと離れて後ろを歩く泰明が横に並んだのに、思わず泰明を見上げるとまた視線が合って思わずかっと顔が仄かに熱くなる。
「なんだ?」
「あ、…んまり…俺、に…近づかない、方…いい、んじゃ…?」
だって駿也となんて泰明は恥ずかしくないのだろうか?
さんざん皆に1番じゃないとか言われてるのに…。
「なんで?」
「だ…って……俺、なんかと…」
泰明が眉間に皺を寄せた。
「なんかって事はない」
周りを歩く秀邦の生徒が泰明と一緒に並んでいる駿也を見て見比べられているのが分かったけれど、そこに顔は俯けない。
つんと駿也が顎を突き出すようにすると泰明がくすと笑った。
「なに?」
つっけんどんに言うとますます泰明がくくっと笑う。
「いや?」
駿也が虚勢を張っているのがおかしいのだろうか?
泰明は駿也の素を知っているから、だからおかしい?
顔を俯けたくなるけど、そこは意地でもしない。
泰明だけだったらきっと俯けてただろうけれど。
とん、と泰明が駿也の背を応援するかのように叩いたのに駿也はどうしていいか分からなくなる。
「駿也、学校でも何かあったらすぐに俺の教室まで来るか携帯に連絡よこすように。…先週の電車の件があるから。他の1年とはクラスが離れてるから大丈夫だとは思うけれど…」
「……」
駿也は小さくこくんと頷いた。
学校での事も泰明は心配してくれる…。
泰明がいてくれれば全然平気かも。
だって高校になってから学校に来るのが苦痛だったけど、今日はそうでもない。
そのまま泰明は駿也の教室までついてきてくれて、じゃ、帰りな?と仄かな笑みを浮かべ、またとんと駿也の肩を叩いて自分の教室へ行った。
クラスの奴らが駿也を見ていたのは分かっている。
でも駿也はいつもと変わらない態度で席に座った。
なんでだろう…?
別に自分は何も変わっていないはずなのに何故か心が浮き足立っている。
付き合うってどうするんだろう?
「……ぁ」
駿也は小さく声を上げて口を押さえた。
朝は付き合って、と言った自分の言葉と泰明の存在にいっぱいいっぱいだったけど、そういえばキスもされたんだった。
…初めての。
近い泰明の顔を思い出すと駿也はかぁっと一人で顔を熱くさせた。
「五十嵐、はよ…。どうかした…か?」
「え?」
「顔赤いけど?」
「いやっ!なんでも、ない」
声をかけてきたのは八月朔日(ほずみ)だった。
「生徒会の、六平さんと一緒に…?」
「え?…ああ、…ウチの兄と六平のお姉さんが今度結婚するから縁戚になるんだ。それに電車の線が一緒だったから」
言い訳がましいかな、と思いながらもこれは一条に関係してる生徒は知っている事だし、クラスの奴らが駿也と八月朔日の会話に聞き耳立てているのも分かって当然の事だけを告げた。
「へぇ、お兄さんが結婚」
一条に関係ない八月朔日はやはり知らなかったらしい。
それにしてもなんで八月朔日はわざわざ駿也に話しかけてくるんだろう?
駿也は訝しげに八月朔日を見た。
きっと八月朔日は外部組で秀邦の事情にうといから、変な目も気にならないのだろう。
だからきっと自分なんかに普通に話しかけてくるんだ。
休み時間、駿也は窓際に立って何気なしに校庭を見たら泰明のクラスが外に出ていた。次の時間は体育らしい。
その泰明と一緒にいるのは同じ生徒会の役員をしている七海さんだ。
泰明はいつも七海さんと一緒にいる…。もう、小学校の頃からずっとだ。
駿也はちりと心が軋んだ。
七海さんも密かに人気があるのは知っている。
高校になってから2年生で一番綺麗なのは副会長が揺ぎ無いだろうけれど、七海さんは怜悧な綺麗さな副会長と対照的だ。
大人しい感じであまり目立たないけれど、守ってやりたいとか、そんな感じで表立ってではなく密かにずっと人気があった。副会長も七海さんも表立って騒がれるような感じではなく水面下でらしいけど…。
ただ七海さんはずっと秀邦なんだけれど決まった人としか話をしないらしい。一番話すのは泰明だ。
…泰明も七海さんを守ってやりたい、とか思うのだろうか?
「…っ!」
思わず駿也は声が出そうになった。
転びそうになった七海さんを泰明が抱きとめていたのだ。
たったそれだけの事なのに…。
駿也はむっとして教室からそれを眺めていた。
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