31 泰明(TAIMEI) 学校が終わると泰明は急いで教室を出た。
駿也がきっと待っているだろうと思えば心持ち小走りになってしまう。
「六平さん」
廊下で呼ばれてそちらに顔を向ければ八月朔日だった。
「五十嵐は?」
「足捻挫だ。今日は熱があったから休ませたが明日からは来られるだろう」
いいけど、コイツはなんで五十嵐の事をそんなに気にするんだ?
思わず泰明はじろりと八月朔日を睨んだ。
エスカレーター組と違うから五十嵐に対してもきっと余計なフィルターをつけていないはず、とは思うが。
「五十嵐は足がよくなるまでウチで預かる事になった」
「あ、そうなんですか」
ん?
泰明の言葉に八月朔日は平然として何でもないようだ。
コイツは五十嵐に好意を持ってるのとはやっぱり違うのか?
泰明だったならば自分の好きな相手を他の男の所になんて預けたくはないが。
それを考えればどうやら八月朔日は普通にただ駿也を心配しただけらしい。
「…明日からクラスにいる時は駿也を頼めるか?」
「ええ。そりゃ、勿論」
泰明が頼むのにも喜色を浮べるのでもなく八月朔日は淡々として普通だ。
クラスに頼める奴がいるのは心強いが…。
「じゃ」
泰明はさっさと八月朔日と分かれて家路を急いだ。
「お帰りなさいっ」
ベッドに半身起こして駿也は本を読んでいた。
帰って来た泰明にぱっとした笑顔を見せる駿也に泰明は目を惹かれ、ベッドに近づけば駿也の顔色がいいのに泰明は安心した。
「無理…」
「してない!大人しくしてた。トイレくらいだ…動いたの」
「ならいいけど」
「ご飯も、泰明のお母さんがわざわざもって来てくれた」
「ああ」
昨日は泰明が抱っこして全部移動していたのだ。
「……明日からしばらく会長が車を回してくれるらしい」
「えっ!?」
駿也が今まで見せていた明るい表情を一変させて顔を曇らせる。
「…なぜ…?」
「お前の足が酷いから」
「だって…関係ない、でしょ…」
「いや、どうも三浦くんのファンの仕業らしいから。会長は犯人を見つけて、あとどうしたい?と聞いていたぞ?」
「……それなら仕方ない、と思う…。俺、ちょっと前に…三浦くんに…八つ当たりみたいなこと…してたし…だから別に…いいんだ…どう…もしなくていい…」
「その仕返しを三浦くんからされるなら仕方ないが、全然関係ない奴がお前に怪我させたんだ。仕方なくない。それに自分がした事を分かっているなら駿也はちゃんと三浦くんに謝ればいい」
え?という顔で駿也が顔を上げた。
「あやま、る…?」
「そうだろ。自分が悪かったんだろう?」
「…ん」
「じゃ、謝るのが筋だろう?三浦くんは明るいし裏表ないから謝れば大丈夫だろ」
泰明がそう言うと駿也はみるみる顔を歪ませて顔を俯ける。
「……駿也?」
どうしたんだ…?
駿也はふるふると首を振る。
どうも駿也は言いたい事があっても口には出さないらしい。
「あのな、言わなきゃ分からないだろ」
それでも駿也は首を横に振るだけだ。
だいたい会長と懇意にと言われているはずなのに、その会長がわざわざ車を回してくれるというのになんで表情が曇るんだ?
どうも泰明は駿也が何を思っているのか分からない。
「駿也」
俯いた顔に手を触れ、駿也の顔を覗きこむと駿也がふいと泰明から顔を背けた。
「……俺はなにか気に障ることを言ったか?」
小さく駿也が首を振る。けれどやっぱり視線を逸らし、泰明を見ない。
「駿也?」
「なん、でもない…よ」
どう見たってなんでもないとは言えないだろうが。
何かを気にしてますと言っているような態度なのに駿也は口を引き結んで答えようとはしないのだ。
「た…泰明っ」
軽くキスすると駿也がぱっと頬を紅潮させ、やっと泰明を見た。
「キスは?嫌じゃない?」
「嫌、じゃないっ…」
すでに泰明の中で駿也は可愛いもの、守ってあげたいもの、になっている。
気になって仕方ない。キスもそれ以上も、だ。
駿也は家からの特命があるだろうが、泰明を嫌っていないのも分かるし特別なのも態度を見れば一目瞭然だ。
ただそれが果たして駿也の中で恋愛につながっているのかという所が微妙だとは思うが、キスが嫌でないならば大丈夫か?とも思う。
……そういや阿部と、サッカー部との噂があったが…。
いや、一緒にいたのを見かけた事はあったが今、目の前にある駿也の表情はなかった。
それならば泰明から問う事はしなくていいだろう。
いつか駿也から話してくれればいい。
話さないのなら聞かない。
「駿也」
そして駿也の頬に手を添え、またキスしようと顔を近付ければ駿也もそれを待っているのが分かって泰明は仄かに口端を上げ、そっと唇を重ねた。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学