35 駿也(SYUNYA) ずっと一人だと思っていた。
それが普通だった。
誰も駿也なんか助けてくれるはずなどないと思っていた。
それが…。
泰明の言葉が駿也の身体の中に浸透した。
誰も助けてなどくれないものだと思い込んでいた。
助けを求めればよかったんだ、と…。
今までの事はもう戻らない。それでも泰明はいい、のだろうか?
泣き止みたくても嗚咽は収まらず、そして泰明はずっと駿也を抱きしめてくれて背中を撫でてくれていた。
安心する。
泰明はホームでも助けてくれた。今もこうしていてくれる。
特別だと言ってくれた。
「泰明…」
人に縋って、なんて初めてだけど、泰明の体温が、優しさが駿也の涙を止めてくれない。
「駿也」
泰明が優しく名前を呼んでくれる。
「泰明…いい、の…?」
「ああ?何が?」
「俺……キレイ…じゃ、ない…」
「バーカ。綺麗だってさっき風呂場で言ったばかりだろうが」
意味が違う。
でも泰明は分かって言ってくれてるんだ。
家から言われている事も知っているし、なんでも泰明は分かっているんだ。
それでも…こうしてくれている…。
「泰明………泰明…」
「はいはい。いるから…」
どれ位そうしていたのかずっと泰明は駿也を抱きしめて宥めてくれた。
泣き止んでも泰明から離れたくなくてずっとしがみついていた。
離したら泰明が離れていきそうで…。
「……このまま寝るか?ベッド狭いけど」
泰明が笑みを含んだ声で言うのに駿也は小さく頷くと泰明は駿也の身体に手をかけたまま駿也を胸に抱え込むようにしてベッドの隣に横になった。
「明日、会長の車に三浦くんも乗ってくるだろう。お前はちゃんと謝る。いいな?」
こくりと駿也が頷く。
「ふく…かいちょ…と……柏木、にも……」
「ああ…。いいけど…何したんだ?三浦くんは無視って言ってたけど」
「俺…まちがって…三浦くん…かしわぎ、と…と思…て…。外部から来たのに…かいちょ、う…とも…仲いい、し…」
「ああ…それで柏木にチョッカイかけて、副会長に?」
「俺…バカみた…い…」
「家からもなんやかんや言われてた…。そうだろ?」
「…役たたな、い…て…」
はぁ、と泰明が溜息を吐き出す。
「それで俺に鞍替えか」
「ち、がっ!俺…ちが…」
「分かってる。駿也じゃなくて」
どうやら泰明は本当に全部分かっているらしい。
「なん、で…?泰明…嫌…じゃ、ない…?」
「ああん?別に?利用できるならそれでもいいんじゃないか?だいたい俺がどうこう言ったところで会長が融通きかせてくれるかといったらそれはないし」
「あ……」
「お前んとこの親と裕也さんは随分軽く会長の事思っているみたいだが」
くくっと泰明が笑った。
「あの人は人に動かされるなんて事はないだろう。例外が三浦くんだけで。だからといって人のために動かないのでもない。間違っている事を放置する人でもないから」
顔を上げると泰明がじっと駿也を見つめてた。
「駿也」
泰明が顔を近づけて唇を重ねた。
好き、だ…。
このままどうにでもして欲しい位に。
「…んっ」
何度も重ねられる唇に思わず声がもれる。
「足治ったらな?駿也は嫌か?」
顔を赤くしたまま駿也は小さく首を横に振った。
泰明なら…嫌なんてない。
ぎゅっと服を掴むと泰明の腕が駿也の身体をさらに引き寄せてくれる。
「…泰明…いたら…イルカ……いらない、よ…?」
「当たり前だ!ぬいぐるみと一緒にするな。ああ、でも今度はもっと大きいの買ってやる。足が治ればさすがに毎日一緒に夜隣で寝てやる事も出来ないからな」
「…ん」
でも泰明がいてくれると思うだけで駿也の心の中は今までにない位温かくなっている。
今まで一人だと思っていたけど違うのだろうか?
自分は変わる事が出来るのだろうか…?
泰明がいてくれればそれだけでいい気もするけれど…。
何でも分かっているらしい泰明だけれどそれでも駿也の隣にいてくれる。
泰明…。
駿也がそっと身体をさらに寄せると泰明は何も言わないで口端をくっと上げてさらに腕に強く力を入れて引き寄せてくれる。
泰明は駿也が何も言わなくてもして欲しい事を与えてくれるんだ。
自分の育った家でもないのに今までで一番心が穏やかだ…。
そのまま泰明の体温と心音に安心して駿也は目を閉じていた。
テーマ : 自作BL小説
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