36 駿也(SYUNYA) ぱっと駿也が目を覚ますと泰明の顔が目の前にあった。
泣いて縋ってそのまま寝ちゃったらしいのに駿也は自分で恥かしくなった。
「泰明…」
つんと駿也が手を伸ばして泰明の頬を突くと泰明がゆっくり目を開けた。
「朝か…」
「ん…お、はよ」
「ああ、はよ」
くすと泰明が笑ってキスする。
「ぁ……」
なんか…泰明…って慣れてる…?
「泰明…って…」
「ん?」
泰明が欠伸をしながら起き上がったのに駿也も半身を起こし足を床につけてみる。
昨日よりも痛みはさらに大分減ったみたいだ。
「湿布変えてやるよ」
泰明が床に座って駿也の足に手をかけ包帯を外していく。
「足、どうだ?」
「…ん…随分楽になったみたい…」
「なんだ残念だな。痛いふりしとけ」
「え?」
「そしたら移動の度に抱いていられるし」
そう言いながら泰明は駿也の足を持ちあげて足首にキスした。
「た、た、たい、め…なにっ…してっ…」
「キス」
泰明は恥ずかしいなんて素振りが一つもない。
駿也はこんなに泰明の行動一つに心臓が壊れそうな位ドキドキしてるというのに!
「泰明って!慣れてるっ!」
「は?」
「キスとかっ!普通にする、しっ!」
するといきなり泰明がふき出した。
「お前が初めてだけど?」
「嘘だっ!す、水族館、行った時だって!なんか…慣れてた!」
「普通だろ?」
え?そうなの…?
泰明が笑いながら病院からもらった湿布を交換してくれる。
「お、俺……キ、ス…は…泰明、初めて…だか、ら…」
真っ赤になりながら小さく駿也が言うと床に座っていた泰明が顔をぱっと上げた。
「……マジ?」
ふいと泰明から視線を背けながらも小さく頷く。
「か、らだ…は抑えられて…むり、やり…だ…たけど…」
「…………」
泰明がそれに対して何も返事してくれないのに不安になって駿也が思わず泰明の顔を見ると泰明は口を押さえて仄かに頬を上気させていた。
「泰明…?」
「……初めて?」
「う、…うん…」
すると包帯を巻き終えた泰明が駿也を抱きしめた。
「身体も初めてにしとけ」
初めてにしとけ?って…?
「無理やりなのなんかカウントしなくていいから」
それで、いい…の?
泰明がそれでいい、と言ってくれるなら…。
思わず駿也の目が潤みそうになる。
「泣くなよ?ほら、制服に着替えないと」
「ん」
ついと泰明に頬を撫でられて駿也はこくりと頷いた。
まだ腫れている足にはサンダルを借りて、迎えに来てくれた会長の家の車まで泰明に抱き上げられて向かった。
「おはようございます。すみませんわざわざ」
「いや、五十嵐、足は?」
車から降りてきた会長に話しかけられたのに駿也は緊張してしまう。
「大分いいです…あの、ありがとうございます」
泰明が駿也を車の脇に立たせた。
後部座席に三浦くんが乗っている。
「駿也」
泰明に声をかけられて駿也は頷いた。
「あの…三浦くん」
「な、な、なにっ!?」
三浦くんが驚いた表情で駿也を見ていた。
目、大きくて可愛い…と駿也も思ってしまう。
「前に…その……ごめんな、さい…。あん時…俺…その、ちょっとおかしく、なってて…だから…あんな事…」
「え!?あ…っ…別に!そんな気にしてねぇしっ」
三浦くんが慌てたように言ってるのにほっとした。
「ごめんね…。気分…悪かった…よね…?」
「べ、別にっ!いいよ!もう」
「三浦くん…許してやって?本当に悪気あったんじゃないんだ…」
泰明が付け足してくれる。
「いいよ。もう。早く乗ったら?…足、痛い?」
「…大丈夫」
三浦くんが話してくれたのによかった、と駿也が泰明の顔を見てふにゃりと笑うと泰明が駿也の背中をよく言えたと言わんばかりに撫でてくれた。
まるで幼稚園か小学生のようだけれど、駿也は自分で本当に小さい子と変わらないかもしれない、と思ってしまう。
ずっと一人でいたから…。
謝るとかそういうのも分からないんだ。
「五十嵐、乗って。六平は助手席」
「はい」
「すみません…。ありがとうございます」
駿也が会長に一礼すると会長はふぅん、と満足そうに駿也を見ていた。
なんだろう…?
学校に着いてその後、泰明に連れて行ってもらい、柏木と副会長にも謝れば、副会長は複雑そうにしながらもやはりいいよ、と言ってくれた。
柏木はそんな副会長を宥めながらなんもされてねぇし、と笑ってるだけだった。
これですべて済んだ、なんて簡単な事とは思わないけれど、それでも駿也にしてみたら画期的な出来事だった。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学