38 駿也(SYUNYA) 足の捻挫の腫れが引いてくるのが残念だった。
泰明がふざけて痛いふりしとけなんて言ってたけど、本当にそうしたい位だ。
けれどまさかそんなわけにもいかないだろう。
泰明だけでなく泰明のお母さんに迷惑だ。
泰明のお父さんとは帰りも遅くてあんまり顔を合わせた事はなかったけれど、とてもいい人そうで、両親がそうだから泰明もきっと優しいんだ。
駿也の家と全然違う。
「あの…足も大分いいので俺もう…家に…」
夕食の席で泰明のお母さんに口を開いた。
お姉さんの由梨さんは駿也の異母兄と新居となる新しいマンションからほとんど帰ってこない。…という事は義兄も家にほとんど帰ってこないという事で、そこはちょっとほっとしてしまう。
別に特別暴力振るわれたりするわけではないけれど、どうしても気は張ってしまうから。
「いいじゃない。せめて今週はウチにいたら?週末に帰ればいいでしょ?」
「でも…迷惑だし…」
「全然。五十嵐のお家に帰ってもあちらの奥様は外交的で忙しい方だし誰もいないでしょ?気にする事ないから。ね?」
いい、のかな…?
そっと泰明に視線を向けると泰明が笑みを浮べてた。
「由梨もいなくて寂しいんだろ?」
「まぁねぇ…。ちょっとは。駿也くんは可愛いし!泰明だけだとつまんないわねぇ」
泰明が肩を竦める。
「だそうだから?駿也気にしなくていいから」
「あ、の…じゃあ…すみません…今週だけ…」
「いいのよ~。泰明が放っておけない感じなのもよく分かるわ…」
お母さんってこんな感じなの…?
一応義母はいるけれど家にほとんどいない人だし、顔を合わせても目は合わせず合わせた時はいつも駿也を見る目は冷めた目だ。
父親の浮気相手の子なら仕方ない事だ。
家にいて罵声を浴びせられたりしないだけでもいいのだろう。
境遇を考えれば食べるのに困っているわけでもないし苛められてるわけでもないのだから、いい方だと思う。
ただ、駿也自身がちょっとばかり寂しいだけ。
それも泰明がいてくれれば全然寂しくない。
「お世話になります。ありがとうございます」
「いいのよ。…それより…。家にはお宅から連絡くるけど、駿也くんに連絡はきてるの?」
駿也が小さく首を振ると泰明のお母さんは顔を曇らせる。
「…困った方達ね」
でもそれ以上、泰明のお母さんは余計な事は言わない。
婚約式での駿也の態度を見ているから察しているのだろうけれど、実情も泰明も知っている位だから聞いているだろうし、それでも泰明のお母さんはそれを突いて来る事はないんだ。
「いいんです」
「カワイイ~!」
可愛い!?
自然に笑みが浮かんだら泰明のお母さんが声を高くして叫んだ。
…まぁ泰明に比べたら身体も小さいしそうだろうけど…。
でもちょっと複雑だ。
「マズイな…」
泰明の部屋に戻ってくると泰明がちろりと駿也を見てそう呟いた。
「マズイ?」
「マズイ」
「?」
何が?
そういえば学校でもマズイって言ってた。
足は気をつけて力をかけないようにして歩ける位には回復していた。
「駿也」
それでも階段では泰明がすっと駿也を抱き上げる。
足が自由にならないのは酷いと思ったけれど泰明にこうして気にしてもらえるのに感謝したくなってしまう。だって夜もずっと一緒だし。
「……治らなくていいのに…」
思わず呟くと泰明が駿也の顔を凝視していた。
「でも治らないと遊びにも行かれないぞ?今週は大人しくだな。あと結婚式あって、夏休みだな。夏休みは遊び行くぞ?」
「どこに…?」
「海とか山とかも。水族館は冬な?クリオネ冬みたいだし」
「……別に…」
夏も冬も一緒にいてくれる、って事…?
嬉しい、と思うのに口は嬉しいという言葉が出てこない。
こんな時三浦くんならきっと素直に言えるんだろう。
思わず顔を伏せたくなる。
僻んでる暇があったらちゃんと言えばいいのに…。
分かっていても泰明が本当に駿也といるのが嫌じゃないのか分からなくて素直に言うことが出来なかった。
そのうち階段を上りきってしまうと身体を離される。
それがなんとなく泰明が離れていくようで寂しく感じてしまう。
ひょこひょことゆっくり歩いて泰明の部屋に一緒に入った。
もうベッドに横になっていなくても大丈夫なので小さなテーブルの前に足を伸ばして座り予習の為に教科書を開く。
「真面目だな…」
「……一応」
だって父とかに文句言われないようにしておかないといけないから。
なるべく家で波風をたてたくない駿也のこれは自己防衛だ。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学